別海の名所旧跡 
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 野付の千島桜 <2013(H25)年9月10日> 周辺地図
道端に
 本別海の一本松を見逃し、風蓮湖から国道244号線を北上する。白鳥台を通り過ぎると、道端に「野付の千島桜」の看板があり、道端に停めて、小学校の敷地に入らせて頂く。
 周囲に柵が回った、大きな木があり、半信半疑で、校舎側に回り込むと、看板が立っていた。
 看板を見ると、野付半島から3本持って来た1本のようだ。現在の樹齢は112歳となる。
駐車場側から 校舎側から 解説板 根元
 
 蝋山の松  見逃す       周辺地図
 本別海の一本松 見逃す  周辺地図
 = 内  陸 =
 奉安殿 <2013(H25)年9月10日 西春別105番11> 周辺地図
柏野神社 奉安殿が
 道標も無く、尋ねる人も目印もない平野の中を、カーナビを頼りに探す。愛棒のナビゲータが良かったので、思いの外、迷わずに到着する。
 地域の会館の敷地なのか、草が刈られ真ん中に鳥居が建っている。本殿は奥の鉄板小屋なのだろうかと疑う。
 鳥居の左側に、石碑があり、その奥に奉安殿らしき建物が見えていた。
 近づいて見ると、解説板があり、旧柏野尋常小学校の奉安殿だとほっとする。解説板には、奉安殿は、現在、柏野神社の本殿でもあると書かれている。この佇まいは、何故か、小樽の石倉山にある郵便小屋にも似ている気がする。樺太泥川の奉安殿は台座だけになってしまったので、こんな建物が建っていたのかと、時空を彷徨う。痛みが激しいので、補修してもらいたいと思う。
解説板 奉安殿 扉の残骸
 柏野開拓之碑 <2013(H25)年9月10日>
石碑 碑陰
 柏野神社の境内に、柏野開拓之碑がある。碑陰には昭和4年から入植したと刻まれている。建立は昭和53年9月吉日と刻まれている。
 家畜報恩碑 <2013(H25)年9月10日>
石碑 碑陰
 柏野神社の境内に、酪農郷らしい石碑も見られる。碑陰を見ると、昭和55年6月吉日に建立されたようだ。開拓の碑から2年後に建立されたが、開拓には、家畜が重要な担い手だったと気が付いたのだろうか。

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 二人の散歩路記録
 2013年9月10日(火)