瞰望岩(160.7m)           OK

 ポイント
 JRに乗ると必ず遠軽駅で方向転換をする間、時間があり、何気なく車窓から外を見ると、大きな岩が見えていたが、何時も通り過ぎるだけの岩でした。

 アクセス
 遠軽駅の裏側にあるSLの展示している公園(郷土館?)がある。その一角に綺麗なトイレがあり、そこから取り付く木段が見える。太陽の里えんがる公園からは車で直ぐ近くまで行ける。
=写真をクリックすると大きなサイズになります=
 駅裏公園コース(登り:10分)
 駅前に駐車して瞰望岩を見上げ、岩に行く道を探していると、丁度、車から男性が下りてきた。その男性に聞いてみたら、線路を渡って行くと真下に行けると教えてくれた。早速、車を移動して、岩の真下にある公園のトイレの前に駐車する。この公園にはSLが展示していた。
 駐車場から岩を見上げると結構迫力がある。膝の故障している愛棒には無理なので私独りで登ることにした。農家のビニールハウスの前を横切って登って行くと、道端に花が咲いていた。
瞰望岩 登り口 (大×)
 岩へのアプローチは急な木段だった。道端にはイチゴの黄色い花が咲いていた。登りきると、自動車が横切って行く。ここまで車で上がれ、駐車場もある。駐車場からは軟石の石段となり、上まで続いていた。
急な木段 イチゴ 登りきると駐車場が 石段を登る
 上に上がると、「危ないから崖側に近づくな」と書かれた看板があるが、とっても崖側には行けなかった。それでも下を見ると愛棒が米粒の様に見えた。頂上には開拓碑、休憩所、天文台などがあり、人で賑わっていた。開拓碑の碑文はあまりにも達筆で凡人には解読不能だった。
下を見ると愛棒が 天文台と石碑 開拓碑 天文台から
                     ←大
上湧別方向     芭露峠 
                     ←大
湧別川           計露岳      丸山   背谷牛山
 帰りに、休憩所を振り返り、三角点やハナミズキの花を見て、石段を下って行くと由緒書があり遠軽の由来を知る。反対側に、散策路があり、アベックが下りてきたので辿って見る。
休憩所 ハナミズキ 由緒書 木段を下る
 瞰望岩の由来
 瞰望岩は、地上約80mの安山岩質火山角礫岩よりなる奇岩で、730万年前に噴出したといわれています。
 アイヌ民族はこの岩をインカルシ(見晴らしの良いところ)と呼んでいました。
遠軽町の地名はこれより起こっています。以前は顔貌岩、巌望岩とも書かれていました。
 昔、湧別アイヌと十勝アイヌの間で争いが起こり、湧別アイヌはこの瞰望岩をチャシ(砦)として十勝アイヌの大軍を迎え撃ち数日の死闘を繰り返しましたが、岩下を流れる豊かな川湧別川が一夜にして大洪水となり、岩下に陣した十勝アイヌは全滅したと言うインカルシの戦いの伝説があります。また、この岩は神祭りの行われた神聖な場所であったと言われております。
 瞰望岩周辺は先住民族の遺跡が豊富で、これまでの調査で旧石器時代から縄文・続縄文・擦文時代にわたる先住民族居住の跡が確認され、石器・土器などの貴重な資料が出土しています。中腹にある洞穴からは焚き火の跡や土器が発見されています。
 昭和3年風致保安林に指定を受け自然美とアイヌ民族の夢を抱くこの地は、太陽の丘えんがる公園、また町のシンボルとして町民に親しまれ憩いの場となっており、瞰望岩頂上からの眺めはまた格別です。
 遠軽町教育委員会
 石段を下ると、太陽の丘えんがる公園だった。この公園のシバザクラは綺麗で暫し見惚れる。この花を愛棒に見せようと、急いで下りる。
           ←大
太陽の丘えんがる公園のシバザクラ
 今度は愛棒と一緒に、車で公園へ上る。暫し、シバザクラに見惚れる。
 見晴牧場
 太陽の丘えんがる公園の一角に「見晴牧場」という標識を発見し、車で行ってみる。牛の放牧場の高台には、いかにも観光客が喜びそうな北海道的な牧場の建物があった。この高台からも瞰望岩が望まれた。公園のシバザクラも派手な色を添えていた。
北海道的な建物 見晴台 瞰望岩と(大×) 瞰望岩を望む
                               ←大
公園     瞰望岩        遠軽市街
                               ←大
駐車場と建物                   農機具庫 見晴台

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 二人の散歩路記録 (遊びの時間含む)
 2003年5月24日(土) 晴れ 霞み 14:11駐車場→14:21瞰望岩