阿寒湖畔の名所・旧跡  北の遊歩訪のHPに遊歩道のページあり

 アクセス
 阿寒湖畔の東外れの有料駐車場(1日410円)を利用する。
 国土地理院地図 GPSトラックは山の地図帳「2013.9.9」へ 周辺地図
案内板
=風景写真をクリックすると大きなサイズになります=
 アイヌコタン  <2017(H29)年7月28日>
 阿寒湖温泉街の一角にアイヌコタンがあり、鷲の付いたゲートを潜るとコタンの中になる。奥には守り神のフクロウがとまった櫓がある。生活館はチセ風になっている。
ゲート コタンの中 フクロウの櫓 生活館
 弁慶の足湯 <2016(H28)年9月4日>
由緒書き 足湯
 まりもの里桟橋の横から延びるボッケ遊歩道を入ると、直ぐ足湯がある。
 方位盤 <2016(H28)年9月4日>
縦型の方位盤
 まりもの里桟橋から、もう一つの桟橋の「幸運の森桟橋」方向に延びる遊歩道に入ると、小川があり、その辺に設置されている。縦型の方位盤は珍しいが、意外と見易い。
 阿寒湖(カルデラ湖)、標高419.0m、面積13.20ku、周囲長26.0km、最大深度44.0m、透明度5.0m、結氷期12月下〜5月上と表記されている。
 松浦武四郎漢詩碑  <2013(H25)年9月9日>
 駐車場からエコミュージアムセンターに向かうと、「ボッケ350m」の看板が立っていた。遊歩道を進むと、直ぐに、松浦武四郎漢詩碑が鎮座している。碑文は「水面風収夕照間/小舟棹支沿崖還/怱落銀峯千仞影/是吾昨日所攀山/安政戊年三月廿八日即作/松浦武四郎源弘髭 檀山書」と刻まれているようだ。碑陰は見なかったので建立年月日は分からず。
漢詩碑 碑文 解説板 白湯山・雌阿寒岳
 松浦武四郎は安政5年3月に、まだ雪のある阿寒の山を登ったというから驚きだった。木漏れ日の中、遊歩道を辿ると、雌阿寒岳が見るという場所からは、温泉街が見え、その後ろに白湯山が望また。その後ろに雌阿寒岳が見えることは見える。水面には夕暮れの雰囲気になっているが、湖面に影を落とす山は雌阿寒岳なのだろうか。松浦武四郎が小舟を浮かべて見た銀峯は、雌阿寒岳だったのか白湯山だったのかと思いを馳せる。
 まりもの唄歌碑  <2013(H25)年9月9日>
 阿寒湖の見える広場に到着すると、まりもの唄歌碑が鎮座していた。碑陰を見ると1993年10月8日に建立されたようだ。
広場 阿寒湖 まりもの唄歌碑 碑陰
 歌碑の建つ広場から、遊覧船や小島が浮かぶ阿寒湖を見渡すことができる。対岸には、三角点:歌云内が見えていた。
                               ←大
               三角点:歌云内 小島     阿寒湖
 石川啄木歌碑  <2013(H25)年9月9日>
 広場の奥に石碑があるので行って見たら、石川啄木の歌碑だった。碑文は「日本の●●●●湖沼のうた/神のごと遠くすがたをあらはせる/阿寒のやまの雪のあけぼの/京助」、 碑陰に、「昭和二十六年九月十日/阿寒湖畔部落民一同」と刻まれているようだ。歌碑の傍には、阿寒湖らしく、マリモ採取禁止の看板が立っていた。 歌碑の近くからは、雄阿寒岳は見えるが、雌阿寒岳は見えないのが残念だ。
歌碑 碑陰 注意書き 雄阿寒岳
 ボッケ <2013(H25)年9月9日>
湖畔のボッケ
 広場の付近の湖畔は立ち入り禁止で、湯気の立っている所がある。ここが地図に載っているボッケだと早とちりをする。
 帰りがけ、石畳の道の近くでボコボコと音がするので、近づくと、大きなボッケだった。ここが、地図に載っているボッケだと気がつく。ボッケの解説板もあるが、アイヌ語には濁音がないので、ポッケが正解だと思う。
ボッケ 解説板 設置理由
 コオロギ <2013(H25)年9月9日><2016(H28)年9月4日>
シカ柵の中の保護区 設置理由
 石畳の遊歩道を引き返していると、柵があり、看板も建てられていた。看板を見ると、鹿の食害からコオロギの餌や住処になる植物を守るためだった。耳を澄ますが、コオロギの啼き声は聞こえなかった。

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 二人の散歩路記録
 2017(H29)年7月28日(金) 2016(H28)年9月4日(日) 2013年9月9日(月) 晴れ 一周2.3km 40分