はまなすの丘公園(標高5.1m)     
   石狩灯台 無辜の民 石狩浜海浜植物保護センター

 アクセス
 国道231号(石狩街道)の花畔交差点から、道道225号に入り道なりに進む。ビジターセンタ前には広い駐車場があるが、混雑している。
 国土地理院の地形図 GPSトラックは山の地図帖「2009.9.11」へ 周辺地図 
=風景写真をクリックすると大きなサイズになります=
 H21.9.11 一周1:17
 ビジターセンタの前の看板を見て、順路を確認し、二階の展望所に上がって景色を見る。木道は石狩灯台の傍を通って延びていた。下の売店を一回りして、遊歩道の入口に向かうと、シェルティーが散歩から帰って来るところだった。愛棒はシェルティーを撫でさせてもらいながら、世間話をしていた。
ビジターセンタ 看板 センタ展望所から 遊歩道入口
 私は、その間、石狩灯台を写したり、灯台守の歌碑を見ていた。ようやく、愛棒が木道を歩き始めた。早速、木道の傍に、ウンランやハマナスが顔を出す。
石狩灯台 木道を ウンラン ハマナス
 木道は直ぐに終わり、砂浜の道になる。石狩川の川辺にも行けので行ってみたら、河口方向が望めた。浜辺には真っ赤に熟したハマナスの実がなっていた。川辺の道は歩き難いので、遊歩道に戻る。遊歩道は歩き易いが展墓が無くなってしまった。途中に、東屋が出てきて、その傍の地図を見ると、突端から回って帰ってくる道が記されていた。
河口方向を ハマナスの実 東屋 東屋の地図
 ようやく砂嘴の先端部分が見えて来た。先端に目掛け歩いて行くと、フワフワした所があり、埋まらないかと焦る。先端から小樽方向にUターンして波打ち際を辿ると、目の前に百松沢山、手稲山が、海の向うに小樽の赤岩山や少し霞んだ積丹岬が見えていた。
           ←大
  百松松山 手稲山                                       小樽        積丹岬 
 振り向くと、増毛の山々や樺戸の山々、阿蘇岩山が見えていた。海岸線を歩いて行くと砂丘が迫ってくる。砂丘の上には道は無いので、海岸線を行かなければならないが、波が高くとても行ける状態でなかった。仕方がなく、元来た道を帰ることにする(海岸線が抉れてしまった?)。
           ←大
                        増毛の山々                        樺戸の山々 
 帰り道、昼が過ぎたので対岸の桟橋を見ながら、おにぎりを食べながらAL0.00%麦芽風味の炭酸飲料を飲む。目の前にはハマボウフウが種を付け、傍にはハマエンドウも咲いていた。昼食を終えて、元来た道をかえる。東屋の所から海岸線にでてみようと右に曲がる。
対岸の桟橋 ハマボウフウ ハマエンドウ 海岸線へ
 途中の高みにベンチが備え付けられていた。ここで、昼食を食べれば良かったと思いながら、海岸線に向かう。道端には、エゾカワラナデシコが風に揺れて咲いていた。海岸線には赤い布切れが付いたポールが立っていた。増毛側を見ると、砂丘は波で抉れていて歩ける状態ではなかった。
ベンチが エゾカワラナデシコ 海岸線に立つポール 増毛側
 小樽方向の砂丘を見たり、増毛方向の砂丘を見るが、いずれもかなり波に削られてしまったようだった。小樽方向へは、植生保護のため進入禁止になっていた。仕方が無く、アキグミの赤い実を見ながら帰る。
小樽を振り向 小樽側 増毛側を確認 アキグミ
 東屋を曲がってしまうと、後は真っ直ぐ石狩灯台を目指して歩く。砂の道も木道になり、灯台が大きく見えだし、ビジターセンタが現れて終る。
灯台が 木道に 灯台が大きく ビジターセンタが
 石狩灯台
 灯台守の歌碑が灯台が見える遊歩道の入口にある。灯台へは石狩川沿いの公園から少し下って行く。一人でも記念写真が写せるようにとカメラ台が設置されていた。
歌碑 来訪日と標柱 石狩川河口 石狩川の説明
 灯台の傍には教育委員会と海上保安庁の解説板があった。白い灯台が紅白になった経過を読み終え、灯台を再び見ると、白い灯台も見えて来るような気もする。最後に近づいて石狩灯台の明治25年1月1日初点のネームプレートを見上げる。
解説板 解説板 石狩灯台 ネームプレート
 無辜の民
 道端に道標があったので、道の奥へ進んで見たら、大きなコンクリート台が見えて来た。上に載っているのは何だろうと思いながら近づいてみた。人間が布で巻かれて、血が滲んでいるように見える。こんなブロンズ像を見るのは初めてだった。後に回り込むと、たった今、上から落ちてきたような状況に見えた。
道標 大きなコンクリート台 ブロンズ像 後から
 石狩の清清しい大地に苦しんでいる様子の像は何だろうと思い、改めて、説明板を読み、コンクリート台の嵌め込まれたプレート「この地に生き この地に埋もれし 数知れぬ無辜の民の 霊に捧ぐ 一九七九年 本郷新」を見る。改めて、これは美術品というよりは慰霊碑だと思いながら、ブロンズ像を振り返りながら帰る。民はリーダ次第だとつくづく思う。
説明板 慰霊の書 期成会の書 ブロンズ像を振り返り
 「石狩ー無辜の民」
       札幌彫刻美術館々長
       札幌市教育委員会文化課長
                   原子 修
 このブロンズ像は、本道出身の彫刻家本郷新
(一九〇五〜一九八〇)の、代表作のひとつです。
 本郷新は、石狩の海など、北海道の大自然を
こよなく愛しましたが、また、ふきすさぶ時代
の嵐にあらがって生きぬく、名もなきひとびと
に、熱いまなざしを注いでいたのでした。
 ヒューマニティにあふれた彼のおもいは、
やがて、昭和四十五年の「無辜の民シリーズ」
十五点の連作となって結実し、人しれず生きる
無数の民衆の、戦乱や干ばつなどで、生きる自
由をうばわれていく姿が、悲痛なフォルム(形
態)で造形されたのでした。
この「石狩ー無辜の民ー」像は、はじめ、
「無辜の民シリーズ」中の一点として制作され
た「虜われた人<1>」(高さ二十八糎、横三十六
糎、幅四十八糎)と同型のもので、翌四十六年、
高さ二米、横一・五米、幅三米の大作として、
箱根彫刻の森美術館主催の第二回現代国際彫刻
展に出品されたものです。
 大自然の暴威や人間社会の矛盾によって、が
んじがらめに縛られた、ひとりの、無実な生活
者の、いたましい姿の中に、なおも、生の復権
をもとめやまない作者の祈りの歌が、荘重に奏
でられています。
          昭和五十六年六月三十日 記
 石狩浜海浜植物保護センター
 望楼のある建物が目に止まったので、建物の前にある駐車場に車を入れる。中に入ると、トイレだけの利用は駄目だと書かれていたので、何か居心地が悪い。展示写真や展示物を流し見して、望楼に上がって見ると、小樽方向が良く見えていた。
保護センター 展示写真1 展示写真2 望楼から小樽を

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 二人の散歩路記録
 2009年9月11日 晴れ 一周1:17 
 11:48遊歩道入口→12:20先端→12:29昼食12:42→12:48東屋→12:57海岸→13:05東屋→13:18入口