張碓の風景
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 ポイント
 張碓に定山和尚が居住していたことがあるとは知らなかった。旧張碓駅に下る道は立ち入り禁止になっていて義経随道や石碑も見ることができなくなった。恵比寿島も個人の建物があり、立ち入り禁止になっている。
 周辺地図
白い礁と島
 定山和尚の萬霊塔<2010.11.13> 国土地理院の地形図
石碑 碑文
 張碓の墓地の一角に屋根の付いた石碑があり、近づいて見ると、「●●願 仙● 常三● 文●●酉年 ●月二十一日」と掠れたり、読めない字が刻まれていた。
 救いは、「常三」の二文字が読み取れたことから、定山和尚の「萬霊塔」だと確信する(定山和尚は常三、常山、美泉定山と名を変えている)。
 それにしても、張碓から定山渓までは遠い道程だとつくづく思う。
 勝又木風雨の歌碑<2010.11.13> 国土地理院の地形図
 旧張碓駅を訪れようと張碓の道を下って行くと、歌碑が立っていた。歌碑を横目で見て、崖の道(九十九折)の山道を下ろうと思ったら、道にロープが張られ立ち入り禁止だった。
 仕方が無く、歌碑に目をやると、勝又木風雨「青鳩や 礁(いくり)つづきに小樽港」の歌碑だった。左には木立越しに三角点張碓(89.6m)のある張碓シャチの断崖が見える。
立ち入り禁止 歌碑 碑文 張碓チャシ
 義経随道の碑は、もう見られないのなら、随道が見えるところまで整備して、碑を歌碑辺りまで移設してもらいたいと思う。
 恵比寿島<2010.11.13> 国土地理院の地形図
 小川沿いの道を下って行くと、JRの線路に辿り着く。恵比須屋半兵衛によって道が開設されたので、恵比寿島の名前になっているようだ。今はその道がJRの線路になっている。線路を渡ろうと思ったら、渡った先が個人の家になり、立ち入り禁止の看板が立ち海岸の道は封鎖されていた。線路沿いにも立ち入り禁止の看板が立ち、引っ切り無しに電車が行き来している。たまたま、男性が踏み切りを渡って来たので、建物の通路に入れさせてもらえた。建物と建物の間から恵比寿島を撮し、お礼を言って恵比寿島を後にする。
小川沿い 恵比須島へ 踏み切り 恵比須島
 義経隧道<2010.11.13> 国土地理院の地形図
 帰りがけ、張碓チャシ方向を見ると、義経随道が覗いていた。このトンネルは幌内鉄道の素掘りトンネル跡だと言う。
張碓チャシ方向 義経随道を JRの車窓から
 まだ、レンガの橋があるかと思い見ると、残念ながらコンクリートの橋に架け替えられているようだ。残念だと言うよりも安全性が確保されてほっとした。
 戦勝征露記念<2010.11.13> 国土地理院の地形図
三社神社 記念碑
 三社神社の境内に石碑があるので、近づいてみたら、戦勝征露記念碑が鎮座していた。
 ここにも、ロシアの跡があるとは思わなかった。

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 二人の散歩路記録
 2010年11月13日