旭展望台(旭山 古称:三角山 190m) 
    樺太記念碑 小林多喜二文学碑 小田観蛍銀河碑・飛梅碑(286.4m)
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 アクセス
 小樽商大の地獄坂付近から市道松山線に入り旭展望台を目指す。市道松山線は途中で、市道松山2号線に変わり小樽環状線(道道956号)の峠(天狗山分岐付近)に通じている(全線舗装)。
 国土地理院地図  周辺地図
市道松山2号線
 旭展望台<2007.5.5>
 市道松山線を上ってくると、逍遥(しょうよう)と刻まれた大きな石碑がある。春には桜の咲く市道松山線を登りきると、駐車場がある。駐車場に車を停め旭展望台へと向かうと、平磯岬方向に夕日が当って綺麗だった。
逍遥 桜の咲く市道松山線 旭展望台へ 平磯岬方向を
 旭展望台は若いカップルが多く、幸せそうに見える。その内の1カップルのシャッター係りを仰せつかり、無事写し終える。次に、茅柴(かやしま)岬から平磯岬に広がる小樽港のパノラマ写真を撮す。
                     ←大
下赤岩山     手宮公園  茅柴岬 北(赤)防波堤                南(白)防波堤      平磯岬
                     高島   色内埠頭     第3 第2 第1埠頭  中央埠頭 勝内埠頭 
 樺太記念碑<2011.8.31>
 駐車場の一角に「樺太記念碑」が建っている。樺太の方向に向かって建っているので、駐車場に対しては横向になる。
駐車場の一角に 樺太記念碑 碑文 上部
 碑文には、望郷の純真な思いだけで、ソ連の非道な侵略については一切触れられていない。
 樺太記念碑
 樺太を思ふ
 かって日本最北端開発の雄図を抱いて樺太に渡り 風雪難苦に耐えながら
 北辺の理想郷を造り上げた我らの父祖 更には彼の地に生を享け かけが
 えの無い郷土とする数多くの同胞 且つ又業を興した産業の発展に寄与した
 幾多の企業にとって 樺太は永遠に忘れることができない
 引揚げ以来すでに二十有余年を経てなお望郷の思い止み難く 今は全国に
 別れ住む樺太関係者が力を合わせて 此のゆかりの深い小樽の丘に 樺太を
 偲ぶ記念の碑を建立して 後世に遺そうとするものである

  昭和四十八年九月十二日
  樺太記念碑建立期成会会長 荒井 治作
  題字揮毫者北海道知事    堂垣内 尚弘
  国境標揮毫者衆議院議員   箕輪 登
  同       小樽市長    板垣 祐
  碑文揮毫者           板橋 春翠 
 小林多喜二文学碑<2011.8.31>
 駐車場から小林多喜二文学碑の道が延びている。私はこの碑に生首が埋められているようで、あまり好きではない。
文学碑 説明板 碑文
 
 小田観蛍銀河碑<2011.8.31 2007.5.5>
 市道松山線の終点は広場になっていて、小田観蛍銀河碑がある。 大きな岩には歌が刻まれているが、何が書かれているのか読めなかった。御影石に書かれている「距離感の近き銀河をあふぎをり/身は北ぐに住みふさふらし」が書かれているようだ。御影石の副碑が無ければ何が書かれているのかわからないところだ。丸太のベンチに座って小樽港を見ていたら時間を忘れてしまいそうだ(2015.7.17現在木々が茂っていて展望は無い)
小田観蛍の歌碑 碑文 平磯岬方向を ベンチに座って(’07.5.5)
 小田観蛍飛梅碑<2015.7.17>
飛梅碑と銀河碑 飛梅碑
 小田観螢広場には、銀河碑の他にもう一つの歌碑がある。銀河碑と同様凡人には達筆すぎて読めないが、小樽ジャーナルに載っていた。
 桃色がかった自然石に「よきえにし/北の春より/南へと/飛梅一千里/香はいかばかり/観螢」と刻まれているようだ(2007(H19)年7月19日建立)。
 現在は、この広場からの展望は木立が茂ってしまい全く無くなってしまった。

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 二人の散歩路記録
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