由仁町名所旧跡 |
山形移住記念碑 <2015.12.2> 国土地理院地図 |
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ヤリキレナイ川 <2010.8.5> 周辺地図 |
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由仁町伏見と馬追の間にある沢地形を源頭として、市街の北をかすめ夕張川に注いでいる小川だ。北長沼由仁線(道道694号)沿いに看板があり、看板には「一級河川石狩川水系」と記されている。 アイヌ語の名前が面白いと話題になっているが、水害を起こすような川には見えない。川を覗いた所には、住民の生活橋だったのか朽ちていた。 |
由仁神社 周辺地図 |
消防記念碑 <2017.4.5> |
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由仁神社の階段前に鎮座しているが、碑陰を見ても建立月日は良く分からない。碑の後ろにマンホールがあるところを見ると、消防用水の水槽でも埋まっているのだろうか。 |
由仁開村記念碑 <2017.4.5> 周辺地図 |
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由仁神社の境内に鎮座している。額には「菫●長地財」を刻まれているようだが、欠けていて分からない。碑文も殆ど酸性雨で融けてしまったようで、解読出来なかった。碑陰には特に何も刻まれてはいないようだった。 |
由仁開村記念碑 農學博士佐藤富●●額 明治二十年勇拂外三郡長古川浩平外夕張川沿●●●●●●地移民開 墾其地●千歳郡千歳村●●●●●●●●●●●●●●●●●二十三 年●●●●●●道路始通時年至●●●●●●●●●●●夕張郡●由 仁村八月●道新●自此●●●●●●●●●●●●●●●三十五年布 ニ●●●●●也●村千二●●●●●●●●●●大殖視●建前日●● 千●●●●二十五年●●●●●●●●●二千●万記●●●●●●● 明治四十二年四月建立 ●●●●居●●●●●● |
忠魂碑・灯篭・戦没者慰霊碑 <2017.4.5> |
由仁神社の階段を上がって行くと、灯篭がありその台座には「日露戰争捷(上の十がトで突き抜けないヨ)紀念(今が二)/新潟県人眞義會」の文字が刻まれていた。さらに上がって行くと、右に忠魂碑の道標がある。奥まった所に、忠魂碑が鎮座していた。揮毫は陸軍大●●●大進●●書と辛うじて読める。碑陰には大正三(1928)年八月十三日建立、東三川部落、熊本部落、石川部落などの部落名や個人の名前が刻まれていた。その少し離れた横に戦没者慰霊碑が建立されていた。建立は昭和58(1983)年8月となっていた。 |
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左の灯篭 | 右の灯 | 忠魂碑 | 鎮魂碑 |
伏見台公園 <2010.8.5> 周辺地図 |
伏見台公園の広い駐車場の一角に東屋があり、そこから雨霧山をバックにした平野が見渡せる。公園にはアスレチックなどの遊具もある。 |
展望所 | 雨霧山と平野 | 遊具(大×) | アスレチック(大×) |
伏見台キャンプ場 <2010.8.5> 周辺地図 |
公園の一角に看板があり、近づいてみたら由仁の昔話「子供の頃と題して かみなり 夏の畑仕事 その頃の冷蔵庫 きびがらの草履」が書かれていた。沢沿いにはロープが張られたコンクリートの橋があり渡ってみたら、奥にも昔話の看板があった。この看板には「子供に化けたカッパを見た」と題した昔話が書かれていた。笑点の喜久翁師匠が見たら喜ぶと思う。 |
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周囲に閉鎖されたトイレや炊事場があるところを見ると、どうやらキャンプ場のようだ。 |
草が茫々と生えている広場の奥にも看板が見えたので、行こうとするが、水浸しなのと草が密集しているので踏み跡を探しながら看板に辿り着く。次の看板は「火の玉(一)」が書かれていた。(一)とあるので(二)があるのではと、辺りを探すが無い。仕方が無く、照明塔のある炊事場を見ながら帰る。途中に、キツリフネが咲いていた。山側の石垣沿いに帰ると側溝があり、見事に嵌ってしまう。 |
昔話 | 炊事場 | 石垣 | キツリフネ |
気を取り直して、草生した石段を上がって上の道路に出る。 |
昭和天皇行啓地の碑 <2010.8.5> 周辺地図 国土地理院地図 |
遊歩道は山頂に向って延びていたので、辿って見ると東屋が現れる。東屋から平野が覗いていた。真下には道路が見え、石段が付いていた。再び、登って行くと水道施設の換気筒の奥に石碑が見えて来る。 |
遊歩道 | 東屋 | 平野を | 石碑が |
山頂には南を向いた石碑が鎮座していて、その傍に解説板が設置されていた。石碑には「聖上御統監之地」と彫られていた。石碑の裏に回ると、三角点「由仁146.3m」があった。 |
山頂 | 石碑 | 解説板 | 三角点 |
裏側には碑文が彫られてはいるが、解読できないところが多々あった。 |
昭和十一年十月三日異クモ ●駕石●ノ六野ニ●シ陸軍特別大演 習ヲ北ノ地ニ統監シ給フ是●洵ニ● 古ノ榮光ニ●●謂フヘシ乃ニ慈ニ空 知支庁管内小学●竝ニ壱年学校児童 生徒職員一同相謀リ記念碑ヲ建設シ 以テ後人ヲ●發セント云事 内閣總理大臣 廣田弘毅謹 題 北海道●長官 池田積● 北海道庁空知支庁長 永山政●●●書 |
土地改良区関係の石碑群 <2010.8.5> 周辺地図 |
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札幌夕張線(道道3号線)を馬追山の稜線から下って行くと、線路の手前の左側に石碑群が見えたので寄ってみた。広い駐車スペースを配した石碑群は、「創立百年記念」が中央に、その左に「開墾の碑」、右に「五穀豊栄郷」の碑が鎮座していた。百年記念碑の裏に彫られた碑文を見ると、土地改良区の石碑群のようだ。それぞれの石碑の裏に碑文が彫られている。 |
開墾の碑 | 記念碑 | 碑文 | 五穀豊栄郷 |
東三川公会堂庭園内 周辺地図 |
今野譲頌徳碑 <2013.11.17> |
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碑陰には「国道二七四号線の拡幅に伴い再建/昭和四十八年十月十日/東三川自治区」とあるが、石碑の碑文は掠れていて、読み難く解読不可能な所もあった。 |
姓 今野 名 譲 仙台人也世々伊達家侍●君 者其長男不幸幼而隔父長母郷且而奥母渉室 蘭後移当地従事教育九年興之戦興●千難万 苦不分晝夜児童薫陶青年指導莫●●●●● 生学系家有天稟本能筆名章亦●●製図設計● 方交際有村夫子称遮莫部内●●●●敬慕者 哀哉宿痾再発兼余病加時●襲●慈母者護● 師適去以不能償寿命遂不起●時歳●●●悲 哉雖然君死猶有余於愛称君●●●●●生● 青年部落一同建碑賞効尚徳●●記念 加藤平五郎賛斯挙謹而撰之●●●● |
東三川開拓之碑 <2013.11.17> |
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碑文は碑陰に刻まれている。昭和49年9月に建立されたので、来年で開基120年になるようだ。 |
由仁町畦道俳句会合同句碑 <2013.11.17> 周辺地図 |
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句碑には20人の句が並んで刻まれている。右に近い句は少し掠れて見難い。 碑陰には「創立二十周年記念事業/由仁町畦道俳句会合同句碑/平成十九年五月三十日建立」の文字が刻まれている。 |
由仁のむかし話 <2013.11.17> |
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由仁のむかし話 [渡し守]よりという看板が3枚立っている。開拓地蔵のはなしの看板は汚れて見難いので、下記に書き写してみた。 |
開 拓 地 蔵 の は な し むかし、まだ東三川の開拓が始まったばかりの頃のお話しです。 三川から東三川に通じる旧道は、もとの片山木工場のあった所から夕張川までまつすぐに 開いた道だったので、谷地あり薮ありで、とてもまともに歩ける道ではありませんでした。 その道の川端さん方へ下りる坂の真ん中に四つ股のイタヤの大木がありましたが、倒すこ とが難しいついうのでだれも手を掛けない木でした。 その頃、加藤農場へ働きに来ていた白市太郎という人が、[どうも邪魔な木だ、一本切っただ けでも通りやすくなるから。]と仕事の帰りに一人でこの木を切ったところ、蒲萄蔓が絡まっ ていたために思わぬ方向に倒れてきて、市太郎はその木の下敷きになって死んでしまいました。 農場主が、そのことを大変哀れに思って二度とこうした不幸が起きないように、またそ の場所がうしとら(東北の方向)の鬼門だったから、鬼門除けと合わせて地蔵さんをたてられ たということです。 今、国道沿いに建っている交通安全地蔵にまつわるお話しです。私達が何気なく通っている道 路一本にもこうした悲しい出来事が起こっていたのですね。 (由仁のむかし話 [渡し守]より) 加藤 平兵衛 |
水上博句碑 <2013.11.17> |
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「たがやして/夕焼け空に/祈る母/博」と刻まれた句碑がある。碑陰には「水上博氏句碑/平成6年8月建立/畦道俳句会」と刻まれている。 |
岩内公民館周辺 |
開拓百年碑 <2015.5.11> 夕張郡由仁町岩内公民館前庭 周辺地図 |
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岩内公民館の前庭には、立派な石碑と碑文が鎮座している。 |
開拓樹 <2015.5.11> 夕張郡由仁町岩内公民館前庭 周辺地図 |
岩内公民館の前庭には1本の木があり、その前に由緒書きが添えられていた。 |
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岩内遺跡 <2015.5.11> 夕張郡由仁町岩内公民館前から 周辺地図 |
岩内公民館の前に道標があり、道標に導かれて川の近くまで来ると、看板が立っていた。看板から階段を下ると、空き地があり、ここが遺跡なのかと思う。 |
公民館前の道標 | 途中の標識 | 遺跡前の開設板 | 階段を下って |
空き地の奥を何となく見たら、階段があるのでその上に行って見ると、由緒書きが立っていた。良く見ると、穴の中に看板もある。 |
階段 | 由緒書き | 竪穴住居跡 |
改めて、奥へ行ったり、戻ったりとしてしまうが、遺跡の回りに咲いているエゾエンゴサクを踏まないかと気にかかる。 |
竪穴住居跡 | エゾエンゴサク |
由仁のむかし話 <2013.11.17> 夕張郡由仁町岩内公民館前庭周辺 周辺地図 |
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道路に戻ってみると、遺跡の道標の所に由仁の昔話の看板があった。 |
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