旧国鉄手宮線
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 手宮駅跡(駅舎と構内・北海道鐵道發祥驛碑・モニュメント)<2014.11.27> Google Map
駅舎 構内
 道道454の錦町交差点の一角に手稲駅跡がある。駅舎や構内の回転台などが覗ける。駅前広場にはモニュメントがあり、人差し指が幌内方向を指しているようだった。
 腕には「北海道の鉄道発祥の地」の碑文も浮き彫りにされていた。
 駅舎の横には、北海道の鐵道發祥地の碑も建立され、発祥から廃止になる経過が刻まれている。
 碑陰を見ると昭和24年11月18日建立と刻まれている。手宮駅長官舎は北海道開拓の村に移設展示されている。
回転台 モニュメント 石碑 石碑
JAPAN

北海道の鉄道発祥の地 小樽
先人の夢 希望 願いを乗せ
ここゼロマイルの地 手宮より
切り拓かれていった北海道
今 新たなる起点
未来への翔きとして
記念モニュメントを贈る
1988.9.2

 第37回北海道地区会員大会記念事業
主催 (社)日本青年会議所北海道地区協議会
主管 (社)小樽青年会議所

碑文
北 海 道
鐵道發祥驛

北海道の鐵道發祥地は手宮驛である その由来は明治六年に北海道開拓長官黒田清隆が幌内
煤田採掘の計畫の下に技師を派遣して調査研究させた結果に基づきまづ幌内幌向太間は鐵道
を建設し幌向太からは石狩川を船で川口に下り小樽に運送する計畫を樹てた事に始まる 明
治十二年三月に線路の測量が開始されたが偶々冬季河水の凍結石炭積替の手数等のため不利
であるとの意見が出で鐵路により直接小樽港手宮に運送する事が最も有利であると認められ
幌内手宮間五十六哩の一部手宮札幌間の鉄道が敷設される事となった 明治十三年十一月十
八日遂に手宮かるい輕川間が開通し列車は辧慶号機関車をもって運轉された ついで同月二十四日
に札幌まで開通し更に明治十五年末に札幌幌内間が竣工しここに手宮幌内間が全通した 以
後鐵道は遂次延長されて今日の發展を見たのである その第一歩は正しく手宮驛からであっ
て北海道の鐵道發祥地と証する稱する所以である しかるにこの由緒深い手宮驛の旅客取扱が太平
洋戰争酣の昭和十八年十月に國策によって廃止された 以来市民は尠からず不便を感じてる
たが二十年八月終戰を迎へると共にこれが復活の聲は油然と起った ここにおいて有志は手
宮驛旅客取扱復活期成同盟會を結成し會長に西富士松を推して運輸當局に復活請願を續け幾
多の紆餘曲折を經て二十三年十一月十日に列車は漸く南小樽驛まで復活した しかし乗換の
ための不便が頗る多く重ねて直通列車運転を要路に懇請した結果二十四年九月から岩見沢驛
まで二往復の直通列車の運轉を見るに至ったのである これを機會に手宮驛の由来に併せて
長年月に亘り献身的の努力を尽す盡した西會長の偉大な效績を勒し碑を建立して記念とする
                                平 塚 常 次 郎     書

碑陰
昭和二十四年十一月十八日建立
手宮驛旅客取扱復活期成同盟會
第三十六代手宮驛長
古畠 芳太郎撰
設計施工
     小樽上本石●工
 総合博物館裏<2023.8.28> Google Map
 マックスバリュ手宮店の駐車場から懐かしい車両が覗ける。
                     ←大
マックスバリュ手宮店の駐車場から小樽市総合博物館裏を
 船見坂延長道路側<2011.8.31>
手宮方向 札幌方向
 船見坂から中央市場を左に見ながら、市場の中を通るか考えているうちに、手宮線の廃線跡を通過する。
 中央通り側<2002.10.28 2011.8.31>
札幌方向 手宮方向 札幌方向
 「TEMITYA LINE」と彫られた車輪型のエンブレムの様な標識がある。 
 日銀通り側<2011.4.6>
手宮方向(大×) 手宮方向 札幌方向
 浅草通りから日銀通りの堺に手宮線跡がある。
 日銀通りと寿司屋通りの間<2024(R6)年6月8日>Google マップ
札幌方向 手宮方向
 ひまわり公園の近く
 寿司屋通り側<2011.4.6>
手宮方向 由緒書 札幌方向
 線路跡には「H. K. Porter, Inc. 」のプレートを模した由緒書がある。札幌方向には高架だった跡も見られる。
 花園橋<2002.10.27> Google Map
花園橋 小樽方向 南小樽方向
公園通りを水天宮に向かうと、花園橋があり、橋から線路を覗くと、小樽方向にも南小樽方向にも手宮線の跡があります。
 南小樽駅<2014.9.18> <2014.2.8> <2002.1.23> Google Map
 南小樽駅舎横に架かる量徳橋の上から金網越しに撮してみたら、手宮線跡は空き地になっていて線路は撤去されていた。手宮線跡を跨ぐ通路も随分古くなってしまったようだ。量徳橋の橋脚に小樽運河の壁画があったが、今は無い。
小樽側 東小樽側 通路('14) 壁画('02)
 不思議な遮断機のある南樽駅跡<2014.9.18> Google MaP
 南小樽駅は、今も十分古いが、その昔には踏み切りの近くに駅があった。昔は手宮線がメインだったのかプラットフォームも手宮線沿いに造られたと思う。手宮線の線路は草生してはいるが健在で、南樽駅側のプラットフォーム跡まで線路は延びている。だが、その線路の真ん中に遮断機が鎮座している不思議な光景がある。
踏み切り 手宮線 駅跡 遮断機
 JRの橋脚<2014.9.18> Google Map
 旧南樽市場の傍に架かる真砂橋の袂にから勝内川の左岸沿いに真栄橋の方へ下って行くと、JRの鉄橋が見えて来る。
勝内川 鉄橋 橋脚
 鉄橋を潜って振り返るとレンガ造りの橋脚が良く見える。石で造り替えたり、鉄枠で補強されてはいるが、心もとない感じがする。

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