| 埼玉の名所・旧跡 |
| 行田市 |
| 田んぼアート<2025.7.21>Google マップ |
| 行田タワーに上がる前に、古代蓮を見に行く。案内板に従い古代蓮へと足を運ぶと、木道になっていてハスの近くまで行けた。 |
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| タワー | 案内板 | 古代蓮 | 木道 |
| 古代蓮を眺め終えて、展望タワーの上がると田んぼアート「鬼滅の刃」がよく見た。反対側のは水管理センターが望めた。 |
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| 古代蓮 | 展望タワーの中 | 鬼滅の刃 | 水管理センター |
| 前玉神社<2025.7.21> Google マップ |
| 前玉神社は、埼玉県名の発祥となった神社で、古墳群の真上に建てられているようだ。駐車場から参道に入ると、大鳥居の解説板が立っていた。狛犬に守られた参道沿いには再建記念碑(昭和57年7月建立)や参道改修碑(昭和3年3月17日建立)等が鎮座している。 |
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| 大鳥居の解説 | 参道 | 参道改修碑 | 大鳥居 |
| 市指定文化財 建造物 前玉神社の大鳥居 平成十一年三月二十五日指定 この鳥居は、延宝四年(一六 七六)十一月に忍城主阿部正能 家臣と忍領氏子達によって建立 されたののである。 鳥居は明神系の形式で、正面 左側の柱に由来を示す銘文が刻 まれており、江戸時代における 浅間神社の隆盛を伝える貴重な 建造物である。 平成十三年二月 行田市教育委員会 |
| 境内には登山記念碑(大正6年9月7日建立)、眞願成就の碑、歌碑等が鎮座している。登山記念碑は富士山を登頂した時のものなのだろうか。歌碑の碑文は達筆で読めなかったが、碑陰に楷書で刻まれていた。 |
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| 登山記念碑 | 眞願成就 | 歌碑 |
| 西行法師奥州途上詠みたる歌 やわらぐるひかりをはなにかさられて 名をあらわせるさ記たまの宮 西行参拝約八百年記念 金婚に当たり神仏に感謝して 氏子一老夫婦 昭和六十一年丙寅四月十五日 宮司 田島邦夫 石工 内田松清 |
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| 解説板 | 石灯籠 | 本社へ |
| 行田市指定文化財
石 灯 籠
昭和42年3月10日指定この石段の登り口にある高さ2m、2基一対の石灯籠は、元禄10年(1697)10月15日に、地元崎玉村 (現在の行田市崎玉地区)の氏子一同が奉納したものです。 本殿に向かって左側の石灯籠には、「前玉之 小埼乃沼爾 鴨曽翼霧 己尾爾 零置流霜乎 掃等爾有斯(前玉 の小埼の沼に鴨ぞ翼きる 己が尾に降り置ける霜を掃うとにあらし)」と『万葉集』9巻-1744の「小埼沼」 の歌が、右側の石灯籠には「佐吉多萬能 津爾乎流布祢乃 可是乎伊多美 都奈波多由登毛 許登奈多延曽禰 (埼玉の津に居る船の風を疾み 綱は絶ゆとも言な絶えそね)」と『万葉集』149巻-3380の「埼玉の津」の 歌が、美しい万葉仮名で竿の部分に刻まれています。この2首の歌は、地元行田市埼玉地区に関する歌と考え られています。 この石灯籠は、『万葉集』に納められた歌の歌碑としては、全国的にみて非常に古いものになります。江戸時 代には『万葉集』の研究が盛んになり、関心も高まっていました。そうした中でいち早くこの歌碑を建立した当 時のこの地域の人々の文化的水準の高さと、江戸時代の『万葉集』への関心の高まりがうけがえる、貴重な文化 財と言えるでしょう。 平成23年 行田市教育委員会 |
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