上ノ国の名所旧跡 上之国花沢館跡 樹霊之碑 忠魂碑 夜明けの塔 畜霊之碑 夷王山 上ノ国勝山館跡 洲根子岬 大潤ノ崎 |
ポイント 夷王山の一帯には「上ノ国勝山館跡」が広がっている。北海道夜明けの塔のある高台へは車で行る。高台から天の川河口と江差の元山、笹山、八幡岳が綺麗だ。 |
アクセス 国道228号線沿いの道の駅もんじゅ近くから左折しすると駐車場がある。 国土地理院地図 周辺地図 |
上之国花沢館跡 |
<2013.5.8> |
天の川橋の西側に、小高い丘がありその基部に「史跡上之国館跡のうち花沢館跡」の石柱が建っている。近づいて見ると「昭和52年4月12日指定」「平成22年11月1日建設」と刻まれていた。 石柱の傍から丘に上がる小路が延びていたので、案内板は無いが上に何かあるのではと登って行く。道端には花びらの多いキクサキイチゲが咲いていた。丘に上がると案内板があり、この丘が館跡であることが分かる。 |
小高い丘 | 石柱 | キクサキイチゲ | 案内板 |
丘の上に上がると、戦後の食料難の時に畑にしたこともあるようで、藪ではなくキクサキイチゲやオオバナエンレイソウの咲く野原になっていた。遠くに、まだ白い乙部岳が、眼下に天ノ川、対岸の茂刈山が見えていた。 |
丘の上 | 乙部岳 | 天ノ川 | 茂刈山 |
丘の最高地点には、大きな松の木が生えていた。オオバナエンレイソウの咲く丘の路を振り返りながら、下って行くとキバノアマナも咲いていた。長禄元年(1457)年にコシャマインの戦いがあったなんて信じられない静寂の中に佇んでいた。 |
最高地点 | オオバナエンレイソウ | 丘の路を | キバナノアマナ |
樹霊之碑<2013.5.8> |
忠魂碑<2013.5.8> |
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上之国花沢館跡から南東に行くと、樹霊之碑に背を向けた石碑があり、近づくと忠魂碑だった。 石碑には「元帥陸軍大将子爵上原勇作書/忠魂碑」と刻まれていた。 碑陰には、「大正14年11月20日建立/檜山郡上ノ國村」と刻まれていた。 |
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北海道夜明けの塔 <2013.5.8><2003.10.11> |
道路沿いに標識があり、歩いて塔へ向かう。高さ24.24m(800寸)の高さの塔は結構目立つ存在だ。木の冊の様な入り口から土塁で囲まれた中に入ると、解説板がある。解説板に寄ると真ん中が太陽の広場で、今入って来た入り口の他に、夏至、春分、冬至の3つの入り口がある。夜明けの塔からは、その時期になると太陽の光が注すようだ。 |
標識 | 塔 | 塔('03) | 解説板 |
塔の中の螺旋階段を登って行くと、塔の構造上南側は見えにくいが、北側はよく見える。日本海に浮かぶ奥尻島、真っ白な遊楽部岳、乙部岳、風車が山麓に見える元山、笹山、八幡岳と連なっている。 |
奥尻島 遊楽部岳 乙部岳 元山 笹山 八幡岳 |
南側には、茂刈山、遠くに七ツ岳と大千軒岳が白い山頂を見せていた。 |
茂刈山 七ツ岳 大千軒岳 |
畜霊之碑<2013.5.8> |
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夜明けの塔からから北に向かうと、道路際に見える。 碑陰には樹霊の碑と同じく「山川草木国土/悉皆成沸有情/非情同時成道」と刻まれ、その下に碑文が刻まれている。昭和53年10月に建立されたようだ。 この碑陰も残念ながら、逆光で読みにくく間違いが多いかもしれない。 |
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夷王山(159.2m) |
<2013.5.8> |
夷王山を登ると、山頂に鳥居があり土塁に守られた夷王山神社が見える。神社の後ろには三角点:威王山159.2mがある。 |
夷王山 | 神社 | 入り口 | 三角点 |
鳥居の前からは、日本海に白く浮かぶ狩場山、遊楽部岳、乙部岳、元山、笹山、八幡岳が連なって見える。 |
遊楽部岳 乙部岳 元山 笹山 八幡岳 天の川 |
天の川の河口から奥に、茂刈山、頭だけの七ツ岳、北海道夜明けの塔、その後ろに大千軒岳が見渡せる。 |
天の川 茂刈山 七ツ岳 夜明けの塔 大千軒岳 |
夷王山<2003.10.11> |
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夷王山へ向かうと、斜面にアザミが咲いていた。山頂には夷王山神社があり、鳥居の前に立つと展望が開けていた。 |
日本海に浮かぶ奥尻島、海の向に遊楽部岳、乙部岳、元山と連なって見える。 |
奥尻島 遊楽部岳 乙部岳 元山 |
元山、笹山、八幡岳、を遠望し、北海道夜明けの塔を見渡す。 |
元山 笹山 八幡岳 茂刈山 夜明けの塔 |
上之国勝山館跡 |
<2013.5.8> |
夷王山の駐車場近くには、上之国勝山館跡や夷王山古墳群の看板があったので見に行く。山麓の上国寺に延びる遊歩道沿いにはキタコブシやキクサキイチゲがいていた。その中に標柱が林立し、墓の位置を知らせてくれる。 |
解説板('03) | 古墳群の看板 | 古墳群 | 遊歩道 |
アイヌの墓の解説板があり、分岐になる。館神八幡宮跡の矢印に従い、下って行くと広場になる。 |
アイヌの墓の解説板 | 道標 | 下る | 広場 |
広場には後ろの守りを解説した看板があり、搦手の構えの解説を読み、空堀に架かる橋を渡ると土塁と冊で固められた搦手門になる。その傍に、館神八幡宮跡の解説板がある。 |
後ろの守り | 搦手の構え | 空堀跡T | 館神八幡宮跡 |
江戸や室町時代の館神八幡宮跡は整然と石が敷き詰められ、礎石の跡も分かるようになっていた。中央通りを下って行くと、左右に遺跡が整然と並んでいる。東の守りとして、華の沢側は三段の階段状地形に切り下げられたようだ。三段目は帯郭と言うらしい。目の前には日本海が広がり、元山、笹山、八幡岳に見えていた。 |
館神八幡宮跡 | 掘立柱建物跡 | 東の守り | 日本海 |
上ノ国の平野部も見えその後ろに茂刈山が見える。櫓門、馬屋の跡、井戸と板塀の跡と書かれた看板を見ながら下って行く。 |
平野部 | 櫓門 | 馬屋のあと | 井戸と板塀のあと |
井戸跡、鍛冶屋工房跡、庭の跡を回る。 |
井戸跡 | 鍛冶屋工房跡 | 庭のあと |
解説板を見ると、この庭は客殿の庭のようだ。客殿のあと、柵のあとを回る。 |
庭のあとの解説 | 客殿のあと | 柵のあと |
城代の住居あとを見て、大手門跡から空堀Uに架かる橋を渡ると外にでてしまう。再び、大手門跡から中央通りを登り返す。 |
城代の住居あと | 橋を振り返る | 中央通り華の沢側 |
中央通りを登りながら、見落とした所を探す。 |
中央通り寺の沢側 | 階段あと | 搦手門の柵列 |
ゴミ捨て場跡・土葬墓群の方に下って行くと、解説板がありゴミのように捨てられて遺体もあると書かれているのに心が痛む。水場跡、木樋を見るの寺の沢川へと下って行くと、ミズバショウが咲いている水場に着く。木樋の看板もある。 |
ゴミ捨て場跡 | 搦手門を | 水場跡 | 木樋 |
井戸を眺め中央通りに戻ると、華ノ沢倉庫群の道標がある。早速、下って行くが結構藪になっているので、本当にあるのか疑いながら華ノ沢を渡る。華ノ沢と宮ノ沢に挟まれた所に「伝、侍屋敷跡」の解説板が草木に埋もれていた。どうやら、ここは館の柵の外の世界のようだった。 |
井戸 | 倉庫群 | 伝、侍屋敷跡 |
沢は自然に帰っているので、エンレイソウ、オオバナエンレイソウ、ワサビ、キクサキイチゲが咲いていた。昔、栽培していたワサビだろうかと考えながら駐車場に向かう。 |
エンレイソウ | オオバナエンレイソウ | ワサビ | キクサキイチゲ |
洲根子岬<2013.5.8> |
洲根子岬の海岸線を覗き、突端方向を見ると電子基準点、神社、灯台、携帯電話のアンテナなどが見える。 |
海岸線 | 突端 | 灯台 |
南側には大安在浜が続き、山の上に真っ白な大千軒岳も見える。 |
大安在浜 大千軒岳 |
大潤ノ崎 |
<2013.5.8> |
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道の駅もんじゅの前には大潤ノ崎があり、遊歩道も付いている。岩の上には釣り人が糸を垂れていた。天気が良ければ、天の川の河口から奥尻島まで見えるのだが、霞んでしまっていた。 |
元山 笹山 八幡岳 茂刈山 |
<2003.10.11> |
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道の駅もんじゅの前にわからは、奥尻島、遊楽部岳、白いドームの光る乙部岳、江差の尖がった元山、笹山、八幡岳、市街地に近い茂刈山が連なっていた。 |
奥尻島 遊楽部岳 乙部岳 |
乙部岳 元山 笹山 八幡岳 茂刈山 |
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二人の散歩路記録 2013.5.8(水) 2003.10.11(土) |