| 伊豆市の名所旧跡 =オリーブの木・浄蓮の滝・弁財天・句碑・歌碑・伊豆の踊り子・富士見台= |
| ホテルオリーブの木<2017(H29)年3月22-23日>Google マップ |
| 鉄の櫓に「伊豆温泉村(現在は修善寺時之栖)」の看板が架かっている。ホテルオリーブの木は透明な看板(現在は案内板)だった。その看板の後ろには「百笑の湯」の建物が見えた。フロントは南国調の建物だった。泊るところはバンガローの様に独立したドーム型ハウスだった。 |
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| 伊豆温泉村 | オリーブの木 | フロントへ | 円形の建物 |
| バスケットコートがあり、ゴール目掛けてボールを入れて遊ぶ。部屋の造りが円いので、その半分にベットが時計の文字盤の様に置かれていた。ベットの反対側にはロフトがある。 |
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| バスケットコート | 室内 | ロフト | |
| ロフトに上がって見ると、二人位寝られるスペースはある。ロフト側には、テレビ、冷蔵庫、机、パジャマ、鏡、洗面台などが備えられていた。 |
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| ロフト | 備品 | 洗面台 | |
| アメニティも備えられ、シャワートイレやバスも完備していた。部屋の天井が丸いのは、プラネタリウムを楽しむためなのか。 |
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| アメニティ | トイレ | バス | プラネタリウム |
| 浄蓮の滝<2017(H29)年3月22日>Google マップ |
| 駐車場の一角に浄蓮の滝と刻まれた石柱がある。下って行くと国有林の看板があり、階段が続く。下りきると、目の前に浄蓮の滝が見えて来る。滝は柱状節理の岩壁から生き良い良く流れ落ちていた。 |
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| 石柱 | 看板 | 階段を | 滝が見えて |
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| 浄蓮の滝 | 滝を飲み込む | |
| 弁財天<2017(H29)年3月22日>Google マップ |
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滝に行く途中に、格子の扉があり、中に弁財天の像が入っているようだった。 |
| 句碑<2017(H29)年3月22日> |
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滝に向かう道すがら、は昭和の森俳句大会の句碑が見られる。 昭和60年度最優秀作品が鎮座している。 |
| 天城越え<2017(H29)年3月22日> |
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石川さゆりさんの歌「天城越え」の楽譜を刻んだ歌碑があり、それに、上半身の写真と題名が添えられていた。 |
| 伊豆の踊り子<2017(H29)年3月22日> |
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浄蓮の滝の入口には伊豆の踊子の銅像が出迎えてくれる。 |
| 懐徳碑<2017(H29)年3月22日>Google マップ |
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安藤右衛門さんが浄蓮の滝の遊歩道を私財を投じて開いたようだ。碑陰を見なかったのが残念だ。 |
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懐 徳 碑
私利を顧みず公益に竭くすの士は世に稀なり浄蓮 瀑開拓の祖あ〇藤右衛門翁の如きを眞に篤行の人 と謂ふへし翁は嘉永二年四月十八日本村湯ヶ島に 生まる農荘三郎の長男なり性恬淡にして快潤常に 力を公益求竭くし明治十三年西平温泉で桧湯を営 み傍道路此完築〇電し事業其他地方の開發に資を る所勘からず偶浄蓮瀑の世に知られざるを概き明治 三十九年私費を投じて遊覧経路を開築し亭を設け 橋を架し頗る景趣を加へ観光の便す大正十年病没 す行年六十有尓翁の〇〇其〇遺志を紹き櫻樹を植ゑ るものなりて瀑の名世に揚る昭和五年四月畏くも 天蹕を留め給はる翁の遺業始めて光あり法志て 先人の遺徳を懐ふ 〇は明瞭だが読めない 赤は推測 |
| 富士見台<2017(H29)年3月22日>Google マップ |
| 国道136号線を走っていると、恋人岬を過ぎだるま寺をやり過ごすと、富士見台があり富士山が良く見えていた。頭上には飛行機雲が交差していた。 |
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| 富士見台から富士山 | 飛行機雲 | だるま寺 | |
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mym記録 2017(H29)年3月22-23日 |