山梨の名所・旧跡
大月市

 ポイント
 2015年5月27日は、岩殿山に登った時に見かけたので、位置は山の地図帳「2015.5.27」を参考にしてほしい。
=写真をクリックすると大きなサイズになります=
 追分の碑 <2016.5.24>
追分の碑
 大月橋の袂には3基の追分の碑がある。一番大きな石碑には、「左富士山道/南無阿弥陀仏/右甲州道中」と刻まれている。
 大月防空監視哨跡 <2016.5.24>
むすび山 解説板
 むすび山の山頂奥に「大月防空監視哨跡」の解説板がある。平成3年に建てられた解説板には山口隊長の苦悩がにじみ出ているように思えた。富士山を目標に北上してくるB29爆撃機の監視に女子隊員が当たっていたようだ。
 防空監視彰哨跡には、B29の音を聴く円い聴音壕の石垣が残っている。眼下には大月市街地と岩殿山が、振り返ると富士山が見る。山頂には平成24年7月1日に建てられた大月防空監視彰哨跡の棒杭もある。この山はカタクリの群生地のようで、咲き終わったカタクリの葉だけが見える。その中にイカリソウが咲いていた。
防空監視彰哨跡 岩殿山 富士山 イカリソウ
 おてんじんさん <2016.5.24>
峠の西側 峠の東側
 天神(尾曽後)峠を挟んで祠が2つある。西側の祠には「おてんじんさん」と書かれた板が添えられている。
 おてんじんさん <2016.5.24>
峠の西側 峠の東側
 天神(尾曽後)峠を挟んで祠が2つある。西側の祠には「おてんじんさん」と書かれた板が添えられている。
 馬頭観世音 <2015.5.27>
馬頭観世音 隣の石碑?
 道路沿いの林の中にひっそりと鎮座している。隣の石碑は何が刻まれているのか分からない。二つの丸い石は何か意味があるのだろうか。
 馬頭観世音 <2015.5.27>
馬頭観世音
 碑文には「明治三十五年十月十日/馬頭観世音/●●・・●」の文字が僅かに読み取れる。
 廿三夜塔 <2015.5.27>
馬頭観世音 反対側に
 月待供養の石碑らしい。反対側に花咲山の道標がある。
 祠 <2015.5.27>
 浅利川沿いの林道に苔むした小さな祠がある。
 祠 <2015.5.27>
 天神山の山頂に鎮座している。
 乃木将軍歌碑 <2015.5.27>
  乃木将軍歌碑が岩殿山の展望台に鎮座している。碑陰が、硬いもので引っ掻いた跡があり残念だった。
岩殿山展望台に 歌碑 碑陰
 乃木将軍は旅順要塞(203高地)で、ロシアのステッセル将軍と戦い、勝利して、その後のステッセル将軍にとった接遇が有名です。
 何事も、現代の物差で見ず、時空を越えた物差もあるのではと思う(乃木神社のHP)。
碑文 碑陰
乃木将軍歌碑
従二位男爵陸軍少将名知●●額

欲問當年遺恨長英雄前後
幾興亡巉巖千尺荒墟上仗
劍悵然見夕陽


    右乃木大将登岩殿古墟之詩
     希典イ至 陸軍砲兵中佐玉木三之謹書
碑詩額明治十二年秋将軍
●陸軍中佐時代東京歩兵
第二聨隊長トシテ演習行
軍ノ途次登臨セラレシ時
詠ニ係ル因シニ篆額筆
者名和田男爵ハ日露戰役ニ
将軍幕下ノ聨隊長トシテ
眷遇特ニ渥ケリシ人詠詩
筆者ハ将軍ノ令甥玉木氏
詩碑建設ニ關シテ渉斡
旋●●ヲ執リタルハ本縣
人宮川照治トス
 昭和十一年七月十三日
      従六位北條明頼記
    岩殿山保勝會建立
 石碑 <2015.5.27>
石碑 碑陰
 岩殿山の下にある丸山には、「乃木/将軍/詩碑/建設/●●/芳名」と刻まれた石碑がある。石碑には後援名士大月町・・・名前が刻まれている。
 碑陰を見ると昭和12年4月11日建立と刻まれていた。
  岩殿城址<2015.5.27>
 アソビホロケール山の別ページを参照ねがいます。
 歌碑 <2015.5.27>
歌碑
 高月橋の袂に歌碑があるが、「螢や旭よ/●●・・●」と何が刻まれているのか分からない。石碑が橋の欄干の外にあるので碑陰も見ることができない。
 

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