祝津の名所旧跡
 祝津漁港 茨木家中出張番屋 鰊御殿 江差追分節名歌碑 日和山灯台 正一位水富稲荷神社
 八田尚之の文学碑 金鱗洞観世音菩薩 祝津パノラマ展望台 北海浜節民謡碑 江差追分節名歌碑
 白竜大權現墓台
=写真をクリックすると大きくなります=
 祝津漁港 <2013.8.15>  国土地理院の地形図 周辺地図
 遊覧船の船着場にもなっている東防波堤を歩いてみた。漁港らしく、漁網や浮き球が野積にされている。近くには日和山灯台やアンテナの林立している赤岩山、下赤岩山、ノイシュロス小樽が望める。遊覧船の船着場を通り越し、防波堤の突端に向かうと灯台がある。赤いタイル貼りの灯台は昭和54年10月に点灯したようだ。突端からは、茅柴岬越しに小樽も見えるが、煙っていた。
漁網と日和山灯台 漁船と下赤岩山 ノイシュロス小樽 東防波堤灯台
 潮風に吹かれながら、赤岩山、下赤岩山、ノイシュロス小樽、日和山灯台を眺める。
                     ←大
                  赤岩山      下赤岩山     ノイシュロス小樽       日和山灯台
 茨木家中出張番屋 <2013.8.15>  国土地理院の地形図 周辺地図
番屋
 恵美須神社入口と並んで番屋が建っている。
 
 鰊御殿 <2007.8.10>  国土地理院の地形図 周辺地図
 祝津のどん尻にある駐車場に車を停めて、下(東)赤岩山を仰ぎ見て、鰊御殿に上がって行く。駐車場からも鰊御殿を見上げながら近づいて行く。鰊御殿の玄関には「鰊御殿/洒井作」と書かれた虫食い舟板と思われる看板が架かっていた。御殿沿いに飛び石の通路が延びている。
駐車場から 鰊御殿を 看板 通路
 中を覗くと、大きな梁とそれを支える太い柱が圧倒する。中に入る余裕が無く、素通りするが、火鉢などの調度品も昔の雰囲気を醸し出していた。銅版の鰊御殿の由来記を見て、裏手に回ると、ひっくり返った鰊釜、錨、橇などが展示され、お稲荷さんが祭られていた。茅柴岬が突き出た祝津の海を見ると、僅かながらの漁船やヨットが見えていた。
内部 銅板 裏手 祝津の海

      鰊 御 殿 由 来 記
本道西海岸の鰊御殿は明治から大正へかけて
全盛を極めた 俗に鰊御殿と証する稱する當建築物
は後志國古宇郡泊村の漁業家「八/七」田中福松氏が
全盛時代に数ヶ年を費やし明治三十年に完成し
たもので間口十六間 奥行七間 切妻造天窓
付二階建の代表的魚場民家である
昭和三十三年北海道炭礦汽船株式會社は創立
七十周年記念事業の一として これを譲り受
け 本道最初の鉄道をはじめ當社事業にゆか
りの深い小樽へ移築して市へ寄贈した
本道鰊漁業全盛時代をしのぶことのできるこ
のような貴重な遺構は既に稀有な存在となり
昭和三十五年五月三十一日 民家として初め
て北海道文化財に指定された
ここにいさゝか由緒を誌し後世に傅える所以
である
 昭和三十五年七月吉日
       北海道炭礦汽船株式會社
           取締役社長 萩原吉太郎
                     酒井慶次書

 日和山灯台 <2007.8.10>  国土地理院の地形図 周辺地図
 鰊御殿から灯台に向かうと、高さ50mの崖の上に灯台が見え出す。トド岩も沖合に見えて来る。灯台が大きくなるのを楽しみに登って行く。
崖の上に トド岩 灯台が 更に
 灯台には正門があり閉じられていたが、傍に解説板がある。灯火台を見上げると、昔のままのような気がした。
大きく 正門 解説板 灯火台
 小学校の時に遠足に来て、階段の傍で写真を撮したことを思い出し。比較してみたら、当時は真っ白な灯台だった。高島岬の方へ三角点「鰊御殿」を探しに行くと、鰊御殿を見下ろす所に設置されていた。
現在の灯台 昔の灯台 三角点 鰊御殿を
 正一位水富稲荷神社 <2007.8.10>  国土地理院の地形図 周辺地図
稲荷神社
 鰊御殿の近くにひっそりと佇んでいる。
 
 八田尚之の文学碑 <2007.8.10>  国土地理院の地形図 周辺地図
文学碑
碑文
  がんぜ
夏休みになると
おれたちは 道ばたの
ざっぱ木を 拾い拾い
赤岩ポントマルへ
毛コのはえた兄分は褌
おれたちは ふりちん
それっと もぐり
一尋二尋 きび悪いほど
       青い岩肌に
めんこいがんぜ 一つ 二つ
腹時計が おひるに
          なる
ざっぱ木のたき火に
がんぜのへそをぬいて
         ほおりこむ
こんがり焼けたがんぜ
              が
おれたちのひるめしだ
夕焼けると
みんなの唇は茄子色
ほら鵜が家さかえって
           いくぞ
おれたちもかえるべ
冷えてちぢまりきった
皆のきゅうすを揃え
 一二の三
おしっこの消火だ

ああ あの がんぜが
 出世して 高価高貴
 の珍重味とは

     
小樽にて
     八田尚之
      
一九六二・八月
 鰊御殿の近くにひっそりと佇んでいる。私も海水浴シーズン前に泳ぎに行って、ガンゼを採って焚き火で焼いて食べたが、昼飯の代わりになるような量では無く、一つか二つこっそり頂いた記憶がある。
 金鱗洞観世音菩薩 <2013.8.15>  国土地理院の地形図 周辺地図
 
石柱 石仏 解説
 水族館の駐車場の中に、お堂があり観世音菩薩が鎮座している。
 解説の石文を読むと、水族館の中に金鱗洞と言う洞窟があるようだが、心当たりはない。
 昭和36年7月に建立されたようだが、当時は全く気が付かなかった。
 祝津パノラマ展望台 <2007.8.10>  国土地理院の地形図 周辺地図
 展望台は駐車場なのか広場なのか境目がないが、真ん中に石碑が立ちロータリの様になっている。看板も建っているが、いかにも観光客らしいので、記念写真は撮さず景色だけを楽しむ。広場からはロッククライミングで有名な下(東)赤岩山、Hノイシュロス小樽(旧天望閣)が見える。下(東)赤岩山の海側には、不動岩、窓岩(穴は見えない)、下のにエビス岩か大黒岩と思われる岩塔が連なり、赤岩海に落ちている。
下(東)赤岩山(大×) 岩稜 赤岩海岸
 赤岩海岸へは水族館が出来てからは下る術がなく、上から見るだけになった。
 沖合には多肉植物が自生しているトド岩(標高2m)が浮いている。水族館が出来る前には、泳いで渡った。岩と海岸の間は潮の流れが早く、左端を目掛けて泳いで、着いたら右端だったと思う。高島岬方向には水族館が見える。昔、飛び込んで遊んだ岩は、今はトドのダイビングショーの飛び込み台になってしまった。岬には、鰊御殿、日和山灯台も見える。遊園地の観覧車越しに茅柴岬、その奥に、石倉山が見えていた。山側を見る人は滅多に居ないと思うが、天狗山が見える。
トド岩 高島岬 茅柴岬 天狗山
 北海浜節民謡碑 <2007.8.10>  国土地理院の地形図 周辺地図
石碑
 パノラマ展望台の一角には、北海浜節民謡碑がある。
 江差追分節名歌碑 <2007.8.10、20002.8.16>  国土地理院の地形図 周辺地図
石碑('02) 石碑('07)
 展望台の真ん中にも、大きな石碑があり、碑文には「碑歌名節分追」と刻まれ、その下に江差追分の一節「忍路高島/およびもないが/せめて歌棄/磯谷まで/昭和二十八年六月 ●●●」と刻まれている。
 白竜大權現墓台 <2012.9.18>  国土地理院の地形図 周辺地図
墓台 海を向いて
 赤岩山の遊歩道の入口から登って直ぐに白竜大權現墓台が現れる。看板はあるが、掠れて見えなくなっていた。
 昭和30年10月20日に建てられた墓があり、その回りに石仏が鎮座している。
 展望は良く、小樽湾が一望出来る。
                     ←大
   トド岩           Hノイシュロス小樽 日和山灯台 鰊御殿        祝津

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