94 大自然の演劇

大千軒岳へ行ったときのことです。ブナ林は黄色く色づき、紅葉真っ盛り。黄金色した草原の中千軒岳には金属の丸い十字架(クルス)が目の様に光っていました。その奥には急峻な前千軒岳が、さらに、海を隔て、津軽半島が見えました。

黄色く色づいたブナの林を歩いていると
葉音が愉快な 落ち葉溜まりがあった
嬉しくなって 漕いでみた
すると 真っ赤なトペンニのチケットが
今日開演のチケットが
席は頂上の最上段

急いで 頂上の席に座ると
天使の梯子が揺ら揺ら動いて
風の拍手で 幕が開く
舞台は黒銀の海

風を捉えたチカプコイキの司会
揺ら揺らゆらとホバリング
黄金色の草は肩を組み合い歌いだす
レタナリスは力強くもぐもぐと口を動かす

ペケレチユがクルスを照らすとき
クルスは光を受けて輝き
おもむろに目を開ける
むろん セリフなどない

丸のクルスが目覚めると
呪文のようなセリフを唱える
その時 ペケレカントはさらに青く輝き
レタナリスは白さを増し
前千軒岳は彫りを深める

二人だけの観客に
演劇は何時までも果てしない
幕の閉じるのを忘れたかのように

また 海の色が変わり
右から 大きな渡島小島
小さな渡島大島が現れ
左からは恵山や函館山が現れる
津軽半島をバックにして

少し冷たいチユッレラが
熱った体を 二人の間を
心地よく通り過ぎる
そんな劇場の一日


2001年10月20日 大千軒岳にて


トペンニはアイヌ語でカエデ、チカプコイキはハヤブサ、レタナリスは白雲、 ペケレチユは太陽、ペケレカントは青空、チユッレラは秋風です。
渡島大島は遠くに、小島は近くにあるので、見える大きさが名前とは逆になるのです。


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