真歌公園(80m)

 アクセス
 真歌公園内には、チャシ、シャクシャイン像、記念館、歌碑、灯台と見所一杯だ。
 国土地理院の地形図 周辺地図
=写真をクリックすると大きなサイズになります=
 英傑シャクシャイン像
シャクシャイン像 正面 後ろから 碑文
 真歌公園の北側に、一際大きな銅像が見える。近づいて見ると英傑シャクシャイン像だった。まず、正面から見上げて、後ろに回りこむと二股の棒を青空に向け掲げていた。改めて、碑文を見て、シャクシャインの現代に通じる人間の暖かさを感じる。
      英傑シャクシャイン像碑文
日本書記によれば、斉明の代(西暦六五〇年代)においてすでに
北海道は先住民族が安住し、自らアイヌモシリ(人間世界)と
呼ぶ楽天地であり、とりわけ日高地方は文化神アエオイナカムイ
降臨の地と伝承されるユーカラ(叙事詩)の郷であった。
今から約三〇〇年前、シャクシャインは、ここシペチャリのチャシ城
嘴を中心としてコタンの秩序と平和を守るオッテナ(酋長)であった。
当時自然の宝庫であった此の地の海産物及び毛皮資源を求めて来道した
和人に心より協力交易物資獲得の支柱となって和人に多大の利益をも
たらしたのであるが松前藩政の非道な圧迫と過酷な摂取は日増につのり
同族の生活は重大脅威にさらされた。 茲にシャクシャインは人間平等
の理想を貫かんとして民族自衛のため止むなく蜂起したが衆寡徹せず
戦いに敗れる結果となった。しかし其の志は尊く永く英傑シャクシャイン
とあがめられるゆえんであり此の戦を世に寛文九年エゾの乱と言う。
いま静かに想起するとき数世紀以前より無人の荒野エゾ地の大
自然にいどみ人類永住の郷土をひらき今日の北海道開基の礎とな
った同胞の犠牲に瞑目し鎮魂の碑として、ここに英傑シャクシャイン
の像を建て日本民族の成り立ちを思考するよすがすると共に
父祖先人の開拓精神を自らの血脈の中に呼び起こして、わが
郷土の悠久の平和と彌栄を祈念する。

   一九七〇年九月一五日
                 シャクシャイン顕彰会
                    会長神谷与一
 ユカルの塔
ユカルの塔
頌徳碑
碑文
 シャクシャイン像の傍には、神器カムイパスイを形取ったと言われているユカルの塔が聳え立っていた。
 その傍に、頌徳の碑があり、前面にシャクサインを顕彰する碑文が彫られていた。その前には、ニス(臼)、碑文の両脇にはイウタニ(杵)を配していた。
 
     頌徳
まごころと真実、尊敬と信頼、先人の
御霊に深く瞑目し、その偉徳を偲ぶ人々
の限りない善意と敬虞の願いが呼応しあい
この地真歌の丘に、英傑シャクシャインの雄
姿蘇る。一九七一年顕彰の趣意を示す碑
文●の完成。
翌一九七二年、古式に則りオッチケ(神膳)
を台座となし、その前面に、神々の心をたず
ねる神器カムイパスイを配し、未来・永劫
絶えせぬ慰霊の祈りをこめて「ユカルの塔」
天空に建つ。
 これら一連の事業達成の基は、自ら目覚
め、多面に亘る協力を惜しまなかった各位
の御芳志の賜であり町内有志はいうに及
ばず道内外の地域から、八百有余人にわた
る募金の協力を始めとした、幾多の人々の
深い御理解と御支援の結晶である。
そのひとりひとりの御芳名を、勇者の
英姿と共に、後世に残すべく志向して
きたところであるが、未来に続くより広
汎な善意と御支援にも謝する趣意をも
って、頌徳の辞に代え満腔の謝意を顕す次
第である。
この意をもって一九七四年当時の生活に
必須のニス(臼)とイウタニ(杵)を配し後
面の円みには、日輪を象った頌徳板の完成
をみ、ひとつの区切りとしたものである。
 先人の御霊永遠に安かれ
 心ひとつに結ばれた諸賢同胞に栄光
 あれ

    一九七四年九月二十三日
       シャクシャイン顕彰会
 栄一郎歌碑
歌碑
 「真歌山 上りて来れば おもはざる 残照が見ゆ 遠き渚に 栄一郎」と彫られた歌碑が鎮座していた。
 観蛍歌碑
歌碑 解説
 観蛍の歌碑もあり、「大きチャシ蝦夷のいくさのをたけびの 歴史をここに海は素蒼し 観蛍」と彫られているが、解説が無ければ、読めないところだった。
 シペチャリチャシ跡
 ユカルの塔の奥には、シペチャリチャシ跡の看板があり、柵で囲われたチャシが見える。空壕に架かる橋を渡って中に入ると、シャクシャイン城址の碑が鎮座している。
チャシの解説 空壕の橋 空壕 城址の碑
 崖の縁には展望台があり、上って見ると静内川の河口が見え、日高本線の鉄橋や浦河国道(235号線)の橋が渡っている。
展望台 静内川河口 シペチャリの橋
 静内川の上流を見ると人道橋のシペチャリの橋が良く見える。
 静内の市街地も一望できる位置にあり、流石にチャシがあった所だと思う。
           ←大
静内の市街
 新ひだか町アイヌ民族資料館
 シャクシャイン記念館は、土足では入れなかったので、アイヌ資料館に入る。入口近くにはイサオマプチ(舟)、奥には、丸木舟が展示されていた。展示物の中に、1669年代のアイヌの分布図を見つける。
資料館 イサオマチプ 丸木船 1669年代
炉辺 装飾品
 食べ物が展示された炉辺や装飾品を見て回る。
 真歌公園
公園遺跡 散策路
 真歌公園には公園遺跡の棒杭が立っていた。公園全体が遺跡のようだが、遊具も設置されている。
 崖側には、遊歩道の標識があり、入って見たら、直ぐに藪になってしまう。ここも、管理する財源が不足しているのかなと思う。
 静内灯台
 公園の西端には、石狩の灯台と同じ紅白に塗られた灯台が見えて来るが、灯台には珍しく展望は皆無だ。
静内灯台 灯台の銘板
 灯台には、灯光会の解説が付き物だが、静内灯台には見当たらない。仕方が無く、灯台の入口に見えた銘板を撮す。銘板によると、昭和42年11月に点灯を開始したようだ。
 海側には「カメラは見ている」の看板が立っていた。何を警戒しているのだろう。
 ホイナシリチャシ跡
 灯台の回りを歩いていたら、ホイナシリチャシ跡の看板が立っていた。この先150mの→に誘われて、下って行くと、空壕を巡らせてうねってみえるチャシ跡が見えて来る。チャシ跡からは静内川の河口がシペシャリチャシ跡の展望台よりも近くに見えていた。
チャシの看板 チャシへの道 チャシ 静内川河口
静内漁港 チャシを後に
 反対側には、静内漁港が見渡せた。流石に、チャシとして絶好の位置にあると認識させられる。
 チャシ跡を振り向いて、灯台へ帰る。
 ライディングヒルズ静内
厩舎 馬が
 駐車場に隣接して、近代的な厩舎があり、土手を上がると内部が一望できる。駐車場の前には、白い柵の中で、馬が跳ねて遊んでいた。

散歩路もくじ6へ  次新冠泥火山へ   北の探歩訪へ

 二人の散歩路記録
 2010年10月29日(金)