摩周岳(カムイヌプリ:857m) 摩周湖峰(683.2m)
  ヌーウシベツ岳(712m) 西別岳(799.5m) 
 北の山游詩:白霧杯 

 ポイント
 平坦な片道7.2kmの稜線を摩周湖と摩周岳を見ながらアップダウンを繰り返し辿る。途中から、西別岳へ手入れの行き届いた登山道路(片道3km)が分岐する。西別岳の手前にあるヌーウシベツ岳は高山的雰囲気がある。西別岳は根釧平野が一望できる。

摩周第一展望台コース
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 アクセス
 弟子屈町側から第一展望台をめざす。駐車場を入り右下の道路側が登山者の駐車場だ。登山口は駐車場所の湖側にある。
 国土地理院地図  周辺地図  
駐車場('02) 登山口('02) 登山口('16)
 5月18日 <2002(H14)年 一周6時間> 
 標高変化  駐車場546m→最低コル490m→摩周湖峰683.2m→P641m→P676m→
         分岐665m→カムイヌプリ857m
              ↓→カーブ地点654m→ヌーウシベツ岳712m→西別岳799.8m
 第一展望台(546m)から、摩周湖を見ると、朝日が照り返し湖面が白く光っていたが、青空よりも真っ青に見えた。そこから、稜線(湖の縁)を少し下りて行くと、湖畔に下りる道にバリケードがして下りられなくなっていた(裏摩周も下りられなくなったのだろうか)。
                     ←大
直ぐに摩周湖と摩周岳が見える
 タチツボスミレ、エゾイチゲ、ヘビイチゴ、エゾエンゴサクの咲く道を、どんどんコル(490m)まで下る。桜はまだ蕾だった。
タチツボスミレ(大×) エゾイチゲ(大×) ヘビイチゴ(大×) エゾエンゴサク(大×)
 コルに下り摩周湖や摩周岳を見ながら外輪山を辿って行く。
                     ←大
摩周湖と摩周岳
 シラカバ林の尾根道は枝が顔に当ったり、所々に残雪もあり、シラカバがまだ倒れたままだ。背の低い笹原になるところもある。道には浮石もあり歩き難い。
 摩周岳がどんどん姿を変えてくる。この展望がないと、歩くのが辛いのではと思い、天気に感謝する。摩周湖の諺には「湖水が見えるのは貧乏人」とある。貧乏人で良かったとつくづく思う。
 コルから登りきると摩周湖峰(683.2m:三等三角点)になり、平野側にコンクリートの柱があった。摩周湖峰はサイシルクンエナイ川の源頭でもある。後は、アップダウンを繰り返して歩くと、摩周湖の色も刻々と変わり、摩周岳がより近くに見えてくる。
シラカバの林を歩く 摩周岳が 摩周湖峰、西別岳が 摩周岳がより近く
 西別岳が外輪山越しに綺麗に見えてくると、摩周湖がシャンペングラスのように外輪山でV形にカットされだす。「摩周岳まで3.3km」の標識が出て来て半分は来たことがわかる。笹原には2本のクローラトラクタが走ったような跡がある。目で跡を追うと、丘を越えすーっと下から付いていた。工事をした時の跡だろうか?(ミステリーライン)
西別岳が見えてくる 摩周湖がV字に 摩周岳まで3.3km(大×) ミステリーライン
 湖面から31m頭を出しているカムイッシュ島「神となった老婆」が良く見えて来る。
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カムイッシュ島が良く見える
 西別岳も結構近づいて見えてきた。荒々しい摩周岳の釜の壁も光に輝いている。摩周岳に向かって歩いて行くと、掠れて読めない道標が出てくる。
西別岳がより近くに 摩周岳の釜の壁が 摩周岳へ 掠れた道標(大×)
 西別岳方向には随分と、枯れた木が多いがなぜだろうと思いながら辿ると、ようやく、西別岳の分岐に到着する。西別岳への登山道は今までよりも手入れが行き届いているようだったので、帰りに寄ってみようと内心企む。摩周岳に近づくと釜の壁が覗け、ゴツゴツした頂上を見上げることができる。山頂直下は急登が続く。
西別岳分岐(大×) 釜の壁 頂上 頂上への急登
  摩周岳まで0.5kmの標識が出てくると、登りになる。一息入れると、白いスミレやハクサンチドリ、エゾムラサキツツジ、オオバナエンレイソウが道端に咲いていた。深い釜の中を崩れそうな岩から覗くと結構な高さだ。頂上は火山灰に覆われたゴツゴツとした岩場だった。
白いスミレ(大×) ハクサンチドリ(大×) 釜の中 頂上(大×)
 頂上からはリスケ山、西別岳が望まれ、その右に外輪山上の登山道が延び、その途中にはコブ状の摩周湖峰が見える。
                     ←大
リスケ山  西別岳                                          摩周湖峰       摩周湖
 真っ青な摩周湖の隅には雌阿寒岳や雄阿寒岳も遠望でき、目の前のコブ855mの左にアトサヌプリ、右に藻琴山が見えていた。
                     ←大
   雌阿寒 雄阿寒岳   アトサヌプリ 855m峰 藻琴山     
 知床連峰の方に目を向けると、斜里岳、標津岳、武佐岳と続いている。頂上からは西別岳が望まれ、その右に外輪山上にも登山道が見える。
                     ←大
   斜里岳       標津岳     武佐岳                      山頂          リスケ山  西別岳
 目の前のコブを避けて摩周湖を見ると、藻琴山から斜里岳がバックになる。
           ←大
藻琴山                                                             斜里岳

 摩周岳の山頂は狭く、釜側は岩が脆そうで足がすくむ。摩周湖全体が見渡せないのが残念だ。時間が早かったので、おにぎりタイムにはならず、ビール1本飲んで、西別岳の話しを愛棒にする。愛棒は夏山ガイドにブッシュ漕ぎがあると書いているので行きたくないと言うが、行けるところまで行くことで、摩周岳を後にする。
 写し忘れたミヤマエンレイソやエゾムラサキツツジの別品さんを探しながら下る。分岐に着き、西別岳に向かい摩周岳を振り返る。

ミヤマエンレイソウ(大×) エゾムラサキツツジ 分岐から西別岳へ 曲り角から摩周岳

 分岐からは良い道が続く、また、摩周湖が見えてくると直角に曲がり、摩周岳を背にして西別岳を目指す。コブにはヌーウシベツ岳と手書された古い標識がある。後を振り返ると、摩周岳と摩周湖が綺麗に見え、つくづく来て良かったと思う。
 西別岳とリスケ山の間にある花畑(反対側の稜線)には2人が写真を撮っているのか、あっちへ行ったり、こっちへ行ったりして、頂上へ来る気配は全くなかった。西別岳の頂上には3人座っているのが見えた。
 西別岳の手前は背の低いワイ性のエゾムラサキツツジがガンコウランの中に混じっていて満開だった。小さな高山植物を踏まないように一登りすると西別岳の頂上に着く。

西別岳を目指す ヌーウシベツ岳 エゾムラサキツツジ(大×) 西別岳頂上(大×)
 西別岳の山頂に着き振り返ると、摩周湖峰、855m峰、摩周岳が見え、摩周湖は右に少し覗いていた。山頂標識に近づき、かなり前から山頂に居た3人連れと話しをする。どうやら、西別岳の林道のゲートはまだ開いていなかったようだ。山開きは来週だとも言っていた。
                     ←大
                          摩周湖峰      855m峰          摩周岳    摩周湖
 根釧平野は釧路からの霧がくるのか、ぼんやりとしていた。景色をぼんやり見ていると、もう愛棒にはお花畑を見に行こうとは言い出せなかった。花の時期にはリスケ山を是非登って見たいと思うながら、山頂を後にする。
                     ←大
         リスケ山            お花畑の稜線              根釧平野
 刻々と変化する摩周岳と摩周湖を見ながら下って行く。摩周岳が正面にみえだすと分岐は近い。
ヌーウシベツ岳へ ヌーウシベツ岳 摩周岳と摩周湖を見ながら 摩周岳が正面に
 後は、もと来た外輪山を辿り、最後に真っ青な摩周湖、カムイヌプリ、外輪山の摩周峰、遠くに斜里岳、標津岳を見て、駐車場に着く。
                     ←大
                        斜里岳        標津岳 摩周岳                 摩周湖峰
 =道中記=
★帰りに弟子屈の温泉に行こうとしたが、適当なのが探せず、仕方なく、阿寒まで行く。阿寒のしなびた阿寒観光ホテルにした。入湯料500円、石鹸シャンプー、髭剃り、化粧品付き。
 
★阿寒の道路で小鳥が道路の真ん中に居たが、飛び立つだろうと思っていたが、何時までたっても横を向いたままで、飛び立たなかった。車に気付いて、慌てて飛び立ったが、車にぶつかった音がした。どうやら跳ね飛ばしてしまったようだ。やはり、阿寒は鹿など野生動物がいるので、昼間点燈をした方が良いのだろうか。
 気になっていたのか、愛棒が阿寒の温泉に駐車したときに、バンパーに引っかかっている鳥を見つけた。温泉の従業員が取り出して、木の傍に安置してくれた。
 =ミステリーライン考=
★国土地理院の三角点の「点の記」を見ると、大正9年6月4日に摩周湖峰に三等三角点を設置した記述がある。その順路として、{弟子屈ヨリ「サイシルクンエナイ川」ヲ渡レバ山峰ニ達スル所ニ防火線ニ沿ウテ登ルコト約三里ニシテ摩周湖畔ニ出テ更ニ西方ニ見エル高地ヲ見テ進メハ本点ニ達ス約十丁}とある。
 このことから、今は低い笹薮なので、何所からでも登ってこれるが、当時は相当の森林の中だったことが推察できる。防火線は仁多山からP676mの稜線にあったことになる。

★また、弟子屈町のHPの記述から、大森林地帯で、伐採した木を運ぶのに、1933年(S8)から1949年(S24)の間に、弟子屈=東弟子屈=峠下=仁田(多)山=磯分内=北虹別=虹別間220.30kmに馬力線があったとの記述がある。このことからも大森林地帯から木を切り出だす道路を付けたと推察できる

★また、現代の地図(プロアトラスや夏山ガイド)にもサイシルクンエナイ川の右岸の仁多(田)からP676mを通り、摩周岳と西別岳の分岐を過ぎて、西別岳の登山道のカーブを真っ直ぐ、裏摩周展望台に行きかねない勢いの道路として明記されている。
☆このことから、ミステリーラインは道路だった跡と考えられる。当然、ミステリーラインが現れるところから分岐を過ぎて、西別岳の登山道に入り、カーブするところも、元道路だったと考えれる。

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 二人の山行記録 (遊びの時間含む)
 2002(H14)年5月18日(土) 晴れ 摩周第一展望台コース
 7:55登山口→7:15コル→8:52後4.1km→8:55摩周湖峰→9:06後3.3km→9:23P676m→9:32分岐→9:41後1.4km→9:56後05km→10:19摩周岳10:45→10:57後0.5km→11:09後1.4km→11:12分岐→11:38ヌーウシベツ岳→11:57西別岳12:30→12:38ヌーウシベツ岳→13:18分岐→13:26P676m→13:40後3.3km→摩周湖峰→13:54後4.1km→14:17後5.4km→14:48登山口