久山岳(1411.3m)

 ポイント
 頂上近辺の雰囲気が今まで登ってきた登山道の雰囲気とガラリと違う。別名は高王山、三角点名は臼山。
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剣山神社コース

 アクセス
 清水大樹(道道55号)線を走り清水町旭山を目指す。旭山には「剣山登山口」の立派な看板があった。そこから旭山(道道859号)線に入り山に向かって真っ直ぐ伸びる舗装道路を進む。突き当たりが剣山神社で、その手前に「久山岳」の駐車場があった(御影の国道38号線沿い立つ看板群にも「剣山登山口」の看板があり分り易い)
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久山岳の登山口
 7月10日<2008(H20)年 往復12.885km 登り2:51 下り1:31>
 駐車場にある林道の入口は鎖で閉鎖されていた。林道の途中には木造の橋があり、橋の前後に「車は危ないから渡るな」と書いてある。林道は「町道九号線」出るが、ここには標識が無く、「これより先一二〇m区間の町道は大自然霊光院の所有地です 清水町」と書かれた看板が電柱に架かっている。「町道九号線」から、また、直角に右折して林道を辿る。林道は、小さな沢を渡って、「町道十号線」に出る。
駐車場から延びる林道 町道九号線に出る 直角に右へ 町道十号線に出る
 「町道十号線」は開墾地の中を通って、植林地に入って行くと、「登山届ポスト」が出てくる。ここから、登山道になっているようだが、立派に手入れがされた道が続く。途中「熊の通り道」と書かれた看板があるが、地名なのか警告なのか分らない。途中の小さな沢には「虹の川」の名札がぶら下っている。
開墾地の中を 登山届ポスト 熊の通り道 虹の川
 道端にはイチヤクソウが咲いていた。「極楽宮通りの交差点」の標識も出てくるが荒れた道が分岐しているだけだった。やがて、広場が現われ、石柱に薄っすらと仏像が見え「日輪釈迦如来」と彫られていた。その上の林の中に「御神木」の札が付けられた太い木が見えた。
イチヤクソウ(大×) 極楽宮通りの交差点 広場(日輪釈迦如来) 御神木
 何時の間にか、傾斜がきつくなって来たので、何度か立ち止り、一息入れていると「木石見返り坂」の看板が出て来た。少し登ると剣山が墨絵の様に雲海に浮いていた。白い花びらが散っていたので、見上げるとチョウセンゴミンの白い花が咲いていた。大きな岩が行く手を塞ぐようになると「安産岩母の胎内」「安産岩父の胎内」と書かれた岩が現われる。
木石見返り坂 チョウセンゴミン(大×) 安産岩母の胎内 安産岩父の胎内
 登山道脇にはシャクナゲの花や名も知らない木の白い花だと思ったらコヨウラクツツジの実に付いた「虫えい:minamiさんご鑑定」だった(花にしては形状が不規則でしたので変だと思った)。相変わらず、府県の山の様に名前の付いた岩が多く、「高王山神の重岩」「石松安産岩」が現われる。
シャクナゲ(大×) 虫えい(大×) 神の重岩 石松安産岩
 「屏風岩」と呼ばれる平らな岩が現われる。「根性の松」と名の付いた松は残念ながら枯れてしまっていた。相変わらず、「大蛇の通り道」「釈迦涅槃(ねはん)座岩」と名前の付いた岩が次から次へと現われる。岩が多くなってきたので、一気に岩に登ろうと、左の足を伸ばした途端に、足が攣ってしまう。直ぐに、脹脛を伸ばすストレッチをして、筋肉が治まるのを待つ。
屏風岩 根性の松 大蛇の通り道 釈迦涅槃座岩
 花の少ない登山道際にコバイケイソウの大きな花も咲いていた。「末広の木」も出てくるが、扇子のように数本の木が広がっているからなのだろう。ようやく、前方が開けて明るくなって来たら、「前峰(高王山二の森)」に着く。前峰には「お疲れさまです、山頂まで10分ですもう一息です、がんばってください。ホシカラスの会」の道標があった。主稜線からは植生が様変わりする。再び、「熊の通り道」の看板が出てくので、見回すとそれらしい雰囲気はある。「ゴゼンタチバナ」に混じってミヤマハンショウヅルも咲いていた。
コバイケイソウ(大×) 末広の木 前峰(高王山二の森) ミヤマハンショウヅル(大×)
 山頂直下は苔生した岩場になり、高山植物やエゾアカマツの中を登って行く。大きな岩が見えると山頂だった。山頂の標識越しに芽室岳が見えていた。
山頂直下 イソツツジ(大×) 山頂 山頂標識
 残念ながら、山頂からは芽室岳しか見えなかった。おにぎりを食べながら愛棒に電話するが通じない。仕方が無く、「芽室岳」を見ながら朝食をする。前回は焚き火の跡があったが、跡形もなくなっていた。
                                         ←大
芽室岳
 以前来た時には芽室岳が良く見えたのだがと、クロアゲハが舞い、ツバメが滑空する空を見回す。すると、日高山脈にかかっていた雲が取れてピパイロ岳と思われる山影が見えて来た。山腹には残雪が一直線に点々と見えていた。最後に、反対側の剣山を見て、余り埋まって居ない三角点にタッチして下山をする。下山途中、一息入れる度に、ダニの検査をする。
日高山脈が ピパイロ岳? 剣山 三角点
 山頂まで10分の看板に感謝して、下って行く。一番岩らしい屏風岩を振り返る。下山は急な傾斜なので、ついつい転がる様に下って行くと、爪先を笹の根に引っ掛け危なく転ぶところだった。体制を立て直した瞬間、今度は右足が攣ってしまう。早速、脹脛のストレッチをして治まるのを待つ。今日は、飲み物がスポーツ飲料と真水合わせて2本、合計1リットルだったからかと思いながら下る。
 広場の辺りまで下ってくると、愛棒から電話が来る。こんな所で通じるのは珍しいので、立ち止って通話する。「町道十号線」の両側にある開墾地を通りかかった時に、砂利道で判然としないが、爪跡がくっきりとした熊の足跡が付いていた。「町道九号線」には「はたごや」の表札があるログハウスがあり、傍には車もある所を見ると、地元の人達は、「町道九号線」を上がって来れるのだろうか?登山口近くに帰ってくると白いウツボグサが咲いていた。
山頂まで10分(大×) 屏風岩 はたごや 白いウツボグサ(大×)
 7月20日<1999(H11)年 登り3:54 下り2:46>
 美生のキャンプ場をベースにして、前日から登山に備える。剣山登山口から沢を5つ位横切って、その上下り気味に辿って登山口に辿り着く。辿る林道は広く鹿の足跡がびっしり付いていた。登山口からも林が深く、ただひたすら急な登山道を登るだけだった。
 ようやく、前峰に辿り着くと、「頂上まで後10分」の標識があらわれる。頂上まで10分を信じて、力が湧いて来て頂上を目指す。登山道は背の高いエゾアカマツに覆われ、ところどころにシャクナゲがあった。頂上直下は立ち枯れした木々で覆われエゾムラサキツツジやガンコウランなどが生えるなど異様な光景が広がっていた。山頂は貸切で、のんびりと隣の芽室岳、剣岳、日高の山々を見ていた。
キャンプ場を(大×) 山頂(大×) くつろぐ(大×)
 下山では、大きな岩の名前を読む気力が出て来ていたが、良く分からない名前だった。途中で、木の上からバラバラと黒い小さな物が落ちて来た。後で考えるとダニの御一行さんだった。
 車の中で帽子に1匹、愛棒の左手に1匹食らいついていた。愛棒は自らダニを剥し、吸引器で吸い出す。

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 二人の山行記録(遊びの時間を含む)
 2008(H20)年7月10日 曇り 往復12.885km 登り2:51 下り1:31 単独
 4:40登山口→4:45分岐→4:54分岐→4:59分岐→5:12登山届ポスト→5:21熊の通り道→5:36極楽の宮通り交差点→5:44広場(日輪釈迦如来)→5:45御神木→6:12木石見返り坂→6:22母の胎内→6:267父の胎内→6:34重岩→6:38石松安産岩→6:44屏風岩→6:46根性の松→6:55大蛇の通り道→6:57釈迦座石岩→7:06末広の木→7:20前峰→7:22熊の通り道→7:31山頂7:49→7:57前峰→8:08釈迦座石岩→8:08屏風岩→8:31広場(日輪釈迦如来)→8:52登山届ポスト→9:00分岐→9:06分岐→9:12はたご→9:14分岐→9:20登山口
 1999(H11)年7月20日 曇り 登り3:54 下り2:46
 8:45剣山神社→9:04分岐→9:09分岐→9:24登山届ポスト→12:24前峰→12:39山頂13:08→13:22前峰→13:37カエル岩→13:43屏風岩→13:57父の胎内→14:01母の胎内→14:16木石見返り坂→14:31広場→15:01登山届ポスト→15:12分岐→15:19分岐→15:54剣山神社