インディギルカ号遭難者慰霊碑  =オホーツクライン=

 アクセス
 宗谷岬から国道238号線を猿払村に南下して行くき、浜鬼志別を過ぎた辺りに、「道の駅さるふつ公園」がある。その海側に慰霊碑が建っている。
 2万5千分1地形図名:猿払(枝幸) 周辺地図 
=写真をクリックすると大きなサイズになります=
 広い空間に足を踏み入れるが、最初、何の碑が建っているのか分からなかった。ハマナスの咲く石垣の名盤を見て、インディギルカ号遭難慰霊碑だと気が付く。何を表しているのか分からない無機的な慰霊碑に見えるが、とにかく近づいてみた。間近で見ると、何処が正面なのかと一回りするが分からない。
 碑文を見て猿払村の先人は人類愛に満ちていたんだと思い。隣人であるロシア人も、猿払村の先人のようならと思う。
石垣の名盤 碑が 真正面から 碑文
昭和14年12月12日 ソ連船「インディギルカ」号とそれ
に乗合わせていた人々に最後の時がやってきました
 「イ」号は 秋の漁場を切上げて帰る漁夫及びその家族100
4名を乗せて カムチャッカからウラジオストークに向かって航海
中 折からの暴風雪に押し流され 乗組員たちの必死の努力も空
しく 進路を失い 12月12日未明浜鬼志別沖1500メートル
のトド岩に座礁転覆 700余名の犠牲者を出す海難史上稀有
の大惨事となった
 身をさくような厳寒の海上で激浪と斗い 肉親の名を叫び続け
ながら力尽きて死んで行った人々のことと その救助に全力を注
いだ先人たちの美しい心情は 人類のある限り忘れてはならない
 この碑は 北海道はもとより国内の数多くの人々 並びにソ連
側の海員 漁夫の善意に基く浄財によって 「イ」号と運命を共
にした人々の冥福を祈るとともに 国際親善ならびに海難防止の
願いをこめて建立されたものであり 台座の石はソビエト社会主
義共和国連邦から寄贈された花崗岩である

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 二人の散歩路記録
 2009年8月26日(水) 晴れ