函館の石碑    
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湯川温泉發祥之地碑  国土地理院地図  周辺地図
 
石碑 解説板
 湯倉神社の一角に鎮座している。傍に石碑より「湯倉の大銀杏」の看板が目立つ。
 碑文が刻まれているが、發が読めなかった。傍に解説板があり、湯の川の発祥の地碑だと分かる。碑陰には由来が刻まれている。
承應二年松前千勝丸後ノ九代藩主廣以
靈夢ヲ得テ此地ニ湯治全癒ニ由来シ遂ニ
川湯温泉ノ有名ヲナス
茲ニ郷土愛己@難ク有志相リ發祥地ニ
記念ノ碑ヲ建ツ
 昭和二十二年九月八日 湯川倶A部
@アの山偏を人偏に
A楽の二を糸の下を取った字に

和人殉難御霊・阿伊努悵魂御霊慰霊碑  国土地理院地図  周辺地図
 入口の坂を上がって行くと直ぐ右に慰霊碑の解説板と柵の中に慰霊碑が見える。良く見ると、二つの石碑が一つの台座に鎮座していた。
入口 慰霊碑の解説 左:アイヌ、右:和人
 左が阿伊努(アイヌ)、右が和人の石碑のようだ。戦った相手同士の慰霊碑が同一座にあるということは珍しいと思った。坂の奥には志苔館跡の石碑がある。
志苔館墟碑  国土地理院地図  周辺地図
石碑
 志苔館跡の広場には2基の石碑が鎮座していた。大正時代に建立された碑文は風化が進んでいて良く判別できなかった。

千 秋 不 ●
志苔館墟碑
志苔之館●●荒廃久埃初爲陸軍用地後轉皈于民有宇賀同窓會憂其遺跡之●滅●方●●
●●其●●●●●●保存焉頃議●●將●碑表之●會長中宮亀吉氏●我●事一●長●●●
次郎氏表田志苔●者●起●●●●●禄老年小秋●●●●●夷酋●奢●之●●戰不●死子
良定亦俄遭夷虜虜猛襲錐防戰厄力●●不敵遂屠両死館●●●●實永章正二年之春●小松●台
臣事松前●子孫相承十有八●●●●●維新●嗚呼古英雄之遺跡 ●●于寒畑荒草之中不●
●志●●●●舎戦適會●本道開拓軍十●●興乃欲●●警蹟村石以傳于●●●文之余田善
哉會●表章之擧荳●●●其時者哉●悪可●●乃摩●享併記當●●●●一首代銘

 宇●●●●  志苔●館 ●  阿登斗遍婆  ●●●●氏  雨●●栄利
  大正●年●月●●
                       函館支廰長
                         北●道廰支廰長從二位勲四等河毛三郎撰書
正二位●●●
留目政治先生頌徳碑  国土地理院地図  周辺地図
石碑
 もう一つの石碑は頌徳碑だった。碑陰には宇賀同窓會建設の文字が刻まれていた。
名存久地
   留目政治先生頌徳碑
先生南部大向村人也執教鞭於宇賀校舎有五
年諄々不倦夙肇同窓會指導青年而専盡瘁智
コ向上興習俗改善又克繹史蹟勗之保存焉爾
來會運月進教化歳顯師恩寔大也浴薫陶者景
慕轉難止万勒事績報鴻恩以傳是後人矣
  大正八年九月     宇賀同窓會
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 2017(H29)年10月3日(水)  曇り