大栄金山跡(100m) 
 西の沢大平川林道コース
=写真をクリックすると大きくなります=

 アクセス
 黒松内からJRの袴線橋を越えて、直線の道路が左カーブになるところに狩場駐車場公園がある。公園の少し奥まった黒松内寄りに、黒松内登山口(5km)の標識がある。ブナ滝は登山口から直ぐ、重滝は900m(車でも行ける)。
   国土地理院の地形図   周辺地図
公園傍の標識
石碑 見取り図
 黒松内岳から下山してくると、西の沢大平川林道の途中に石碑が立っていた。車を停めて、見てみると金山の跡だった。石碑は立派だが、見取り図はもう剥がれて見えない部分が多くなっていた。辛うじて大栄鉱業所見取り図、冷水沢、黒松内川、一坑、二坑、三坑、川向坑、鉄工場、分析冶金室、事務所、火薬庫、精錬所、鉱員住宅、独身寮、共同浴場、黒松内へ等の文字が読み取れる。今度、ゆっくり訪れてみたいと思いながら後にする。
 (石碑に刻まれた文面)

     大栄金山の想跡

  昭和六年余市町沢町出身の笠井勇次郎が
 黒松内川支流冷水沢に金鉱の露頭を発見したの
 が始まりである 昭和十三年更に高品位の金鉱を
 発掘することに成功しこの鉱山を大栄鉱山と命名し
 たのである
 昭和十三年精錬所が完成し更に変電所鉄工所
 分析冶金所サイン住宅等が建設されその従業員数
 六百余名を数え一鉱山街が形成されるに至った
 昭和十六年の黒松内小学校大栄分校を開設 その
 児童数四十三名が在籍していたのである
 この大栄鉱山により町が大きな経済発展を遂げ雇用
 の増大などなど将に図り知れない多大の貢献をしたことは
 云うまでもない
 然るに大東亜戦争が勃発し時の政府の命により止むな
 く昭和十八年閉山する憂き目に遭遇したのである
 今も尚金山が存在した唯一の印として精錬所跡の
 コンクリート槽が残され往時の隆盛を偲ばせている
 のである

  平成十一年十月吉日 建立
          勇次郎 四男 笠井 守記


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 二人の散歩路記録
 2007.6.24 晴れ