あんない展望公園(標高20m) =カブトライン=

 アクセス
 神威岬から雷電国道(229号線)を南下し、西の河原トンネルを抜けると左に駐車場がある。
 国土地理院地図 周辺地図
=写真をクリックすると大きなサイズになります=
 西の河原に行こうと思って車を走らせていたら、何時の間にか西の河原の標識の無いまま通り過ぎてしまう。やはり、西の河原の遊歩道は廃道になったんだと思い、ジュウボウ岬だけでも写そうと駐車帯に入る。そこには石碑が建っていて、碑文には「心勿忘」と安内小学校の歴史が彫られていた。上を見上げると、望楼が建っているようなので、上がってみると真っ白な親子像が海に向かって立っていた。台座には「安内小学校址」と彫られていた。
心勿忘の碑 碑文 望楼 親子像
心   勿   忘
   揮毫者元安内小学校長 豊本綱市氏
明治十七年旧七月 寺子屋教授始める
   四十三年四月 珊内教育所となる
大正   六年四月 安内尋常小学校となる
昭和   四年四月 安内国民学校となる
   二十二年四月 神恵内村立安内小学校となる
   四十二年三月 廃校
 明治・大正・昭和の三代に亘り
    三百十八名の卒業生を送り幕をとじた
 平成八年九月
   安内小学校跡記念碑建立協賛会創
 心勿忘は「孟子」の「公孫丑篇」に出て来る。意味は「浩然の気:穏やかなのびのびとした和気」、その気を養う心構えを忘れてしまってはならないと言うこと。くだけて言えば「和気藹々とやれ」と言うことだろうか。
 親子像の台座の裏には碑文が彫ってあるが、解読不可能な所もある。望楼に上がって、窓岩を探すがここからは窓のようには見えない。ノットの方からは窓が開いているのだろう。ジュウボウ岬の平らな所に建物が見えるが地蔵尊なのだろうか。
 望楼を下りると、目の前に「昭和三年 御大典記念碑」があった。昭和天皇即位の記念碑だが、昔からここにあったのだろうか。
碑文 窓岩 ジュウボウ岬 御大典記念碑
 碑 文
嗚 呼
 西の河原よ
 窓 岩 よ
冬は苛烈なる日本
海の怒涛と相対峙
し夏は虎杖の競い
立ち蝉しぐれふり
泣くこの台地
無さしくここに六
十有余年に亘り教
育の灯をともし続
けた親と子とそし
て教師の哀歓の歴
史が実った
●●●六年八月●四日
●●●●●
       豊本綱市書

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 二人の散歩路記録
 2009.10.15(木) 晴れ