物語6 エルムの樹との語らい

 私の息子の高校時代からの1枚の写真から始まります。それは修学旅行の皇居での記念写真です。それを見て私の高校時代も皇居で写したことを思い出しました。
 懐かしさも手伝って古い写真を引っぱり出し、何気なく比較すると、2枚とも同じ場所で撮ったことに気が付きました。そこには、何処かが違うのですが、同じような姿で生徒がおさまっていました。よく見ると松も同じ松だと気が付きました。しかし、その松の太さがまるで違っていたのでした。それはまぎれもなく流れてしまった時をしっかりと体に蓄えている姿にもとれました。
 こんなことがあった後、北大を訪れる機会がありました。そこには、エルムの木が学生時代と同じような姿で伸び伸びと枝を揺るがしていました。この木も少しは太くなったのかなと思い、触って見たい衝動にかられ木のそばまで行きました。するとエルムの木が語りかけてくるような気になりました。木の幹に手を触れると木の中にとんどん手が入ってしまい、やがて、あるところで止まり、だんだん木がそこまで細くなるような感覚に陥りました。

 そして、私に次ぎのように語りかけてくれるようでした。私は1年1年ダムが水を堰き止めるように、時を堰き止めています。あなたたちが学生のころ、私のそばで騒いでいたときのことをよく覚えています。なにをやっていたのかは私にはわかりませんでしたが、とにかくわいわい楽しくやっていたようです。
 私の体の中には、あなたたちがいた数年を年輪というダムで記憶しています。もうだいぶ体の中になってしまった学生もいます。特に、都会の雑踏でがんばっているみなさん、なにかの機会に私のところへ来て触ってみてください。その時は、レコードが回り、針が内側へ吸い込まれるように、あなたたちが希望する年輪まで、時を遡ってみましょう。  そうすることにより、記憶がよみがえり、あなたも私もなつかしさで一杯になり震えることでしょう。その時、さらに新しい年輪にあなたとの思いでが刻まれることでしょう。
 春の日のそよ風に頬を吹かれるときも
 夏の日の汗を拭うときも
 秋の日の落ち葉を踏みしめながらでも
 冬のシバレルときにでも
 私はあなたたちをいつでも待っていますと言っていたようでした。
 私が木の気持ちを理解しようとしているのは、中学校時代の音楽の先生の一言でした。学校の傍の公園の枯れた木のところに先生が座ってなにかをしていました。私は遠くから見ていて、先生の傍に枯れ木があるのにひどく違和感を覚え、その枯れ木を無意識に倒そうとする行動にでていました。すると、先生はあらその木可愛そうと言われました。私は予想しなかった先生の一言にひどく狼狽しましたが、同時に感動も覚えました。先生はおそらくその枯れ木が気に入っていたのかもしれません。いや、風が枯れ木を通りすぎる音を聞いていたのかもしれませんでした。いずれにしても 、木々と会話のできる人だったのでしょう。

 現実に戻って、木を考えてみると、木はしっかりとその年に起きたことを記憶しているようです。私には良くわかりませんが、チェルノブイリの原子力発電所の事故でも、何処のどの程度の放射能が飛散したか,
年輪をもとに分析するとわかるということです。木は本当に過去へのタイムマシーンのような気がします。北大のエルムの木を誇りに思い、これからも大切にしたいものだと思います。それだけでなく、われわれを精神的に、物質的に支えてくれる森林を大切にしたいものだとも感じています。

 わがアソビホロケール隊若干2名は、山で大きな樹を見つけると抱きついてきます。なぜか、気力が沸いてきて、良いことがありそうなのです。そして、アメリカインディアンのお呪いの「knock on wood」と言ってお別れしています。

 ところで、みなさん、三段腹に手を当てても、元には戻りませんよ!腹には残念ながら年輪はないのですよ。脛ならもう細っているのにね(^_^)
 平成5年第十一号札幌同窓会誌へ投稿した内容です。
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