イエスマン揺籃の地 斜里町の名所旧跡    =オホーツクライン=
    珍満 中斜里駅 製糖工場 川上小学校跡
=風景写真をクリックすると大きなサイズになります=
珍  満
 8月27日<2009(H15)年>  国土地理院地図 周辺地図

 アクセス
 「道の駅しゃり」に隣接する望洋通を北に向い、道道92号線を横切って、次のすずらん通りを右折する。直ぐに神社通になり右側にある。
 「道の駅しゃり」に立ち寄り、市街地の地図を見ると、珍満があった。何十年ぶりかの珍満で昼食をと思い、昔の記憶を基に小路に入るが、新しくした道道沿いとは対照的に昔より寂れた感じがした。久しぶりに対面する珍満だったが、その横が駐車場になっていた。以前は空地ではなかったと思いながら、空地の駐車場に車を停める。
 中に入ると、昭和の雰囲気が漂う。客人もレトロ調に見えるから不思議だ。懐かしい味はチャーハンだったが、辺りの人が焼ソバを食べていて、美味しそうだったので、焼ソバを注文する。丁度、昼時だったので、殆どのテーブルが埋まっていた。これは時間がかかりそうと思ったら、急に腹が空いてきた。
道の駅の市街図 珍満 看板 入口(大×)
 空腹を我慢しながら、辺りを見回すと、現代と何かが違う。何が違うのかと思ったら、一つのフロアにテーブルが配置され、殆どのテーブルから紫煙が燻っていることだ。窓ガラスから陽の光も、息苦しそうに差し込んでいた。陽の光はたまらず、くすんだ灰皿に反射して逃げて行く。
 周辺から目を逸らし、愛棒と過去へとタイムスリップする。愛棒はどうも入口の位置が違うと言う。以前は小さく仕切っていたような気もする等・・・と話をしていたら焼ソバがきた。焼ソバは、巷のゴテゴテしたものではく、上品な塩味だった。
 そう言えば、・・青年●部道議が、珍満のラーメンを中●代議士に食べさせ、満面の笑みを浮かべていたのが懐かしい・・・、実は、ここは「偉大なるイエスマン」と自称する国会議員の生家だ。今度来た時には、チャーハンも・・・
 中斜里駅
 8月27日<2009(H15)年>   国土地理院地図 周辺地図
中斜里駅舎
 今回のオホーツクラインの終点とした斜里から帰途に着くことにした。帰りがけ、中斜里に寄ってみようと、中斜里市街を通る。昔ながらの床屋さん(’16には無くなっていた)はあるが、GSや商店は無くなっていた。メイン道路は中斜里駅に突き当たるが、駅舎の外壁や屋根は葺き替えたようだ。
 9月5日<2016(H28)年>
中斜里駅舎 時刻表 窓口
 中斜里駅舎の中に入ると、時刻表があり、終日運休の張り紙が貼っていた。
 
 プラットフォムに出て、下り方向、上り方向と鉄路を眺める。改札口や駅名標を見て、このまま鉄路が無くなるのだろうかと不安になる。
下り方向 上り方向 改札口 駅名標
製糖工場 
 9月5日<2016(H28)年> 8月27日<2009(H15)年>   国土地理院地図 周辺地図 
 ホクレン中斜里製糖工場の前を通り、正門から中を覗く。事務所は昔のままだったが、格段に工場は大きくなっていた。地元に根を下ろした工場なので、何時までも栄て欲しいと思いながら後にする。
銘板('16) 製糖工場('09) ('16) 構内ちらり ('09)
川上小学校跡
 9月5日<2016(H28)年>   国土地理院地図 周辺地図 
 まだ、校舎が残っているので廃校跡とは言えないかもしれない。平成27年11月28日(土)に閉校式典が行われ、平成28年3月31日に廃校になったようだ。
校門 看板 玄関の中 児童通用門
 当たり前ながら、小学生の声もなく、静まり帰っている。時折、トラクタの音が静けさを僅かに破る。
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 二人の散歩路記録
 2016(H28)年9月5日(月)曇り 2009年8月27日曇り