靖国神社 遊就館

 ポイント
 とにかく一回は尋ねてみたいところだった。夫々が持つ心で感じ方が違うのかもしれないが、尋ねた後には今の平和がいかに大切なものかが実感できると思う。遊就館の展示物も、戦争を美化しているとは決して思えず、逆に人間くささがある。一つ悪ければ全てが悪いと考え、死屍に鞭打っても平気な輩がいるのが残念だ。

 アクセス
 地下鉄九段下駅から第一鳥居を目指す(靖国神社のHP)
 国土地理院の地形図 周辺地図
=風景写真をクリックすると大きなサイズになります=
 地下鉄「九段下駅」を降り、九段坂を上がって行くと棒杭があり由来が書かれていた。葛飾北斎の絵の解説板もあり、東京は平らだと思っていたが結構起伏のあることに気が付く。第一鳥居に渡るところから皇居の北に位置する田安門や高燈籠が見える。
九段坂 葛飾北斎の絵 第一鳥居へ 皇居田安門を
 この坂を九段坂といいます。古くは飯田坂ともよびました。『新撰東京名所図会』には”九段坂は富士見町の通りより、飯田町
に下る長坂をいう。むかし、御用屋敷の長屋九段に立し故、これを九段長屋といいしより此坂をば九段坂といいしなり、今は斜
めに平かなる坂となれるも、もとは石を以て横に階をなすこと九層にして且つ急峻なりし故馬車は通すことなかりし”とかかれ
ています。坂上は観月の名所としても名高く、一月、七二十六日、夜待ちといって月の出を待つ風習があったといいます。
 平成七年三月 千代田区教育委員会
 北斎は、江戸本所に生まれる。その作画領域は極めて広く、独特の高い芸術性を
示しているが、寛政末頃から享和頃にかけて西洋画の技法を取り入れた。いくつ
かの風景版画を描いている。この画は画題と落款の平仮名文字を横に寝かせて、
左書きにし、画面に入れたシリーズの最も代表的なものの一つである。右側の黄
土色の急な坂は九段坂で、かっては"九段"のゆるやかな段がついていたという。
この坂道に面して石垣と長屋塀の武家屋敷があり、坂道には人や家々などの陰が
描かれている。その左の濃緑色の崖はさらに高く誇張し、画面の左半分は、はる
ばると遠景を見通す変化に豊んだ斬新な構図となっている。この画の特徴は樹木
や崖に描線を用いず、陰影をつけて立体感を表そうとしているところである。
左の崖は上方が千鳥が淵、下は牛が淵、その中間を左に入る道は田安門に続き、
現在は武道館への入り口となっている。空には夏雲がもくもくと湧き上がっていて、
すべてが目新しい西洋風の写生的空間表現となっている。
 第一鳥居の右側には靖国神社の社号標が立っている。第一鳥居を潜ると、右側に「慰霊の泉」があり、高校生がたむろしていた。道の真ん中には「大村益次郎」の銅像が鎮座し、その傍に本のページが大村益次郎を解説していた。
第一鳥居と社号標 第一鳥居を潜る 慰霊の泉 大村氏の解説
 大村益次郎」の銅像の傍には、案内図があり現在地を知る。銅像の傍をすり抜けて、第二鳥居に向かうと、鳥居の左右には大きな灯篭が立っていた。神門を潜ると拝殿が見えて来る。
案内図 第二鳥居へ 大灯篭 靖国神社へ
 中門鳥居をくぐると、フィリッピンのレイテ島で戦死した土屋氏の遺言が掲示されていた。ようやく、拝殿の到着し参拝する。拝殿に向って左側に、小さな門があったので入って見る。
中門鳥居へ 遺言 拝殿へ 小さな門が
 門の中に入ると「元宮」「鎮霊社」と板に記されていた。鎮霊社には合祀されない人が祀られているようだ。
元宮 元宮の由緒書 鎮霊社 鎮霊社の由緒書
 次に、遊就館に入る。入館料800円を払い、二階に上がる。中は撮影禁止となっていた。見学者は何故か、外人が多く日本人は縁のあるご老人が大半を占めている。中には茶髪のおねえちゃんも居る不思議な雰囲気だ。
遊就館内撮影禁止
 日本が戦争に突き進んでしまった歴史と証拠品が展示されている。開戦当時の石油や鉄鉱石等の主要輸入先がアメリカで、その割合が3/4にあたるグラフも展示されている。しかし、戦って亡くなった方々にとっては、真面目すぎる位、真面目に戦ってしまい、否応無しに命を落とされたのは事実だと思う。「靖国で遭おう」と言って亡くなった方々の面影を追うところはやはり靖国しかないのではないだろうか。遺骨の無い御遺族は靖国神社がよりどころなのではと思う。
 連合国に敗戦後も、日ソ不可侵条約を破って北方から侵攻してくるソ連軍に立ち向かって亡くなられた方々がおれれたことは忘れられないことだ。もし、自衛のための戦いがなかったら、北海道の留萌と釧路を結ぶ北側がロシア領になっていたかもしれないことは、平和ボケした日本人には知られていないと思う。現在は、日露の国交は回復したものの、ロシアが一方的に日本への侵略を止めている状況なので、一刻も早く平和条約の締結を望みたい。お隣の朝鮮半島も停戦状態なので、今後、戦争が起きないことを願いながら出口に向かう。
 それにしても、特攻隊の方々の真面目さには何時も涙が止まらない。人類史上、殺し合いの無い時代が無いのは悲しい。今の時代にはおもちゃの様に見えてしまう名機「零戦」に見送られて玄関を出る。
遊就館 遊就館の玄関 零戦 親子の狛犬
 境内を歩いていると、ご老人が「九段の母;上野駅から九段まで  かってしらないじれったさ 杖をたよりに一日がかり せがれきたぞや 会いにきた・・・」と歌って歩いて来た。まだ、各々の心の中では終っていなんだと思う。子供を背負った狛犬が何故か幸せそうに見える。

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 二人の散歩路記録
 2007.5.29