東啓園(曽我森林公園:標高150m)  
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 石碑群 <2010.8.26>  国土地理院の地形図 周辺地図
 道道66号線(パノラマライン)を下って行くと、有島記念公園の道標が現れる。おもむくままに、ハンドルを切ると、道端に「東啓園」の石柱を見付ける。駐車場もあるので寄ってみた。下には曽我森林公園が広がっていて、この広場は園内の展望台的存在のようだ。
 広場を中心に3つの碑が鎮座していたので見て回ると、左は「開場二十周年記念碑」、中央には「頌徳碑」、右は「自作創設記念」と彫られていた。
広場へ 開場記念碑 頌徳碑 自作記念碑
 開場二十周年記念碑の裏を見ると、碑文があり、逆光の中全く見えないが、何とか撮す。碑文は大正10年の小作農民によって建立されたようだ。当時の物資の無い時代に良く建てたと感心する。当時の様子が刻まれている文面からは想像を絶する状況だったようだが、内容は解読不能な所も有り良く分からない。
拓土地働稼穡所以阜國本厚民生成明治三十三年五月三十一日子爵曽我祐準閣下●國有未開地平●
土経営農場而國拓殖点當時深林彌堅斧斤未曾入老樹交柯??密茂猛獣宅焉毒蛇蟠焉乃伐樹●蒼●
之理之墾耕就緒而難泥●野交通無便●依獨木舟工與馬背●而米塩鍬犂皆不可●●霜之難岩内三十●
年函●鐡道開通也●利便者●陰去移住者年多開墾之業●進社寺學校百●設●●滅面目為一新●
水里豊凶動●●●●而閣下保護愛椁ウ不至時給食糧金品又譲奨●●●之方以●成業●得不感激●
●●力乎今也耕地達●千四拾餘町所在唯有風致林一部●此●故善田秀雄氏継戸田忠次荒浪減●●
氏●管理之任●滝措導至見今日成異於戦●熊遠跡蛟龍遁蔵沃野穣穣百餘佃●安堵楽生可謂閣下●
賜也本年方舉開場二十年紀念式我等浴閣下之恩澤喜會於此盛儀刻之於●●念子第後混
 大正十年七月三十日 代曽我農場小作人一同     浅間孝夫選文石川梧堂書之
 自作創設記念の裏にも、碑文がある。この碑文は昭和13年建立なので、カタカナが混じっていて読み易いが、内容は正確には理解できないものだったが、戦後の農地解放の前に農地を解放したのは素晴らしいことと思う。利益を一人占めしているような、何処かの社長に比べれば雲泥の差だと思う。
本農場ハ明治三十三年先代子爵曽我祐準閣下開墾
ニ着手セラレ明治四十二年四月付與ニ受ケ温情以
テ経営ニ當ラレ
二代現場主祐邦閣下亦先代・遺志ヲ継承農業ニ深
キ理解ヲ垂レ小作者一同慈父ト慕ヒ今日ニ至レリ
場主ハ●ニ自作農タニシ●ントスル意図ニ有セラ
レ小作者三千有余孜々トシテ農業ニ從事而シテ
農ハ國本・精神ヨリ自作農ニ懇頭スルニ至レリ
村長中村洋氏小作代表瀬金次郎氏橋靜氏場主
閣下ニ歎願・慮自作農トシテ開放 御快諾ヲ賜リ
農場管理人橋重平氏能ク連絡ニ當リ茲ニ創設完
●ニ苦クルニ至レリ
二代目相嗣・温情ニ感激一同和衷協力自作農トシテ
大成ニ期シ尊思ニ永ク子孫ニ傳フル爲以テ碑ト爲

   昭和十三年七月吉日

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 二人の散歩路記録 (遊びの時間含む)
 2010年8月26日(水)