| 東京都北区の風景 =音無親水公園 王子神社 音無橋 平塚神社 農業技術研究発祥の地碑= |
| 音無親水公園<2026(R8)年7月14日>Google マップ |
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石神井川の一部で、JR王子駅北口から音無橋まで続いている。滝もあるというが水辺まで下りなかった。 | ||||
| 王子神社<2026(R8)年7月14日>- 王子神社 - Google マップ |
| 音無親水公園から石段を上って権現坂に面した大鳥居の所に行くと、神社の由来が書かれた看板がある。大鳥居の横にある神輿宮殿から拝殿に向かって歩き出すと、駐車場方向に王子神社末社の関神社が見えたので行ってみる。石碑の碑文は解読不能だった。 |
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| 由来 | 拝殿 | 関神社 | 石碑 |
| 碑陰には關神社・毛塚の由来が刻まれていた。大鳥居から出て、社号標を振り返る。 |
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| 關神社・毛塚の由来 | 大鳥居 | 社号標 | |
| 當關神社ハ古來頭髪ノ祖神トシテ髪鬟ヲ 扱フ者及人毛加工業者演劇美容関係者等 其信仰甚タ篤シ 大正六年東京●人毛商工組合ニテ社殿ヲ 建立シタルモ昭和二十年四月戦災ノ為ニ 遂ニ烏有ニ歸ス 是●昭和三十四年五月 東京人毛商工組合員發起トナリ人毛関係 業者ノ協力ヲ得茲ニ再建セルモノナリ 大祭ハ毎年五月二十四日 關神社奉賛會 |
| 髪の祖神 関神社由来書略記 蝉 丸 公 神霊 御祭神 逆 髪 姫 神霊 古 屋 美 女 神霊 これやこの 行くも帰るも 分かれては 知るも知らぬも逢坂の関 で和歌で有名な 蝉丸公 は延喜帝の第四皇子にして和歌が巧みなうえ、琵琶の 名手であり又 髪の毛が逆髪である故に嘆き悲しむ姉君のために 侍女の 古屋美女 に命じて かもじ・かつら を考案し髪を整 える工夫をしたことから音曲諸芸道の神 並びに 髪の祖神 と 博く●敬を集め 蝉丸神社 として、 ゆかりの地 滋賀県大津 の逢坂山に祀られており、その御神徳を敬仰する人達が かもし 業者 を中心として江戸時代 ここ 王子神社 境内に奉斉した のが、当 関神社 の創始なり 昭和二十年四月十三日 戦災により社殿焼失せしが、人毛業界これを惜しみて全国各地の かもし・かつら・床山・舞踊・演劇・芸能・美容師 の各界に 呼び掛け浄財を募り昭和三十四年五月二十四日これを再建せり。 王子神社 宮司 毛塚の由来 釈尊が多くの弟子を引き連れて、祇園精舎に入られたとき貧女が 自らの髪の毛を切り、油に変えて献した光が 大突風にも消える ことなく煌煌と輝き世に貧女の真心一灯として髪の毛の尊さと 共に、毛髪最古の歴史なりと永く言い伝えられる由縁である 毛髪を取り扱う我々業者は毛髪報恩と供養の為に、昭和三十六年 五月二十四日 関神社 境内に毛塚の塔を建立し永く報恩の一助 とする。 関神社奉賛会 東京人毛商工組合 東京床山協会 東京かつら協会 関西かつら協会 ※赤字は旧字 |
| 音無橋<2026(R8)年7月14日>Google マップ |
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| 音 無 橋 音無橋の名の由来は、架橋されている石神井川に求められる。石神井川は 多摩地方から東流し、北区において隅田川と合流するが、王子権現付近より 以東の路線はかって瀧野川あるいは、音無川と呼ばれていた。音無川の名は、 紀州熊野権現本宮の近くにある音無川に因んだものである。 本橋は、昭和5年の架橋以来、周辺の交通の便を確保するとともに、地域 の発展の要として機能している。 絵本江戸土産(広重作)の音無川 完成当時の音無川と音無橋 |
| 平塚神社<2026(R8)年7月14日>平塚神社 Google マップ |
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| 入口 | 腹龍の椎 | 枯松を祀る文の碑 | |
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| 孟子孔子 | 日ロ戦争記念碑 | 渋沢パネル | 願掛公孫樹 |
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| 看板と絵馬 | 子宝子の石 | 歯固め石 | 旧一本杉神宮社地 |
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| 一本杉明神宮 | 大鳥居建設の碑 |
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| 祠 | 境内 | 拝殿 | 神社の解説板 |
| 農業技術研究発祥の地碑<2026(R8)年7月14日>Google マップ |
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北区立滝野川公園の一角に鎮座している。 | ||||
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