天神山(89m、三角点72.3m)

 アクセス
 中の島通(国道453号)に面した所に、入り難いが無料の駐車場がある。地下鉄澄川駅からは平岸通を北に向うと入口があるようだ。
 国土地理院の地形図 周辺地図
=写真をクリックすると大きなサイズになります=
 公園(札幌市T71遺跡)<2010(H23)年11月18日>
 分かり難い公園駐車場にようやく車を入れて、公園を散歩する。公園の紅葉は終盤を迎えていたが、真っ赤なモミジは青空をバックにまだまだ見ごたえがあった。地面に落ちても真っ赤な落ち葉が絨毯の様に綺麗だ。公園の上を目掛けて登って行くと、石垣が現れる。
公園内へ 真っ赤な紅葉 真っ赤な落ち葉 石垣
 途中、東屋があったので寄り道をして見ると、円筒状のビルやJRタワーのある札幌の中心部が良く見える。天神山の山頂には天神山国際ハウスが見え、その手前に展望台があった。展望台に向うと木立が邪魔で、展望台にはなっていない。仕方が無く、展望台の上の道路から見ると、円山や三角山が見えていた。この丘陵から精進川に下る一帯が約5000年前の縄文中期の遺跡だという。アイヌのチャシの跡も重複しているようだ。
東屋へ 東屋 東屋前からの展望 展望台上から
 三吉神社沿いの下りにはカラマツの黄色とモミジの赤が青空を伴って綺麗だった。駐車場に戻る道すがら藻岩山や手稲山を見ながら辿って行く。一回りすると、再び、真っ赤な落ち葉の絨毯が見られた。
赤と黄色と青空 藻岩山を 手稲山を 真っ赤な絨毯
 
 三吉神社<2010(H23)年11月18日>
舞殿 稲荷 拝殿
 天神山の北には三吉神社があり、舞殿や稲荷神社がある。拝殿は一番奥で、平岸天満宮と太平山三吉神社と併記した額が架かっている。
 久保榮文学碑<2010(H23)年11月18日>
文学碑 碑文
 三吉神社近くには文学碑があり、碑文を見ると、珍しく文章が訂正されていた。誰かが書き換えたのか、初めから間違っていたのかは、あまり文学に興味がないので分からない。
 石碑の裏には、経歴が彫られていた。
       林檎園日記
           戯曲四幕
             久保 榮
六月六日(月曜日)晴
 上田の畑からもとの新畑へかけて、今日ぐらゐがもう満
 開で、うちのは平均し三分咲きほど。乳いろにうす紅
 をぼかした花が五輪づゝかたまって咲く梢から、甘ずつ
 ぱい匂ひがして来て、そこらにいつぱいなるのをかぐ
 と、どういふわけか、子供の頃、百人堀にそって山の湖水
 の方へまだ\かよってゐた/ガタ馬車がかよっていゐた時分の、あのピポ・
 ピポーと鳴らしてとほる笛の音が思ひ出されて、まだ
 夫だったお母さんが、いまわたしのしてゐる帆前掛をか
 けて園内作業をしてゐる姿が、眼にうかんで仕方がない。
 石川啄木歌碑<2010(H23)年11月18日>
ベンチのある広場 歌碑 りんごの歴史
「石狩の都の外の 君が家 林檎の花の散りてやあらむ」と彫られた歌碑があり、その傍に、平岸りんごの歴史が彫られた石碑が添えられていた。
 明治四年曽父・父らこの地に入り森を伐り林を焼き麥粟稗
を蒔く翌土年北海道開拓使の輸入せる林檎苗木を植林同十
四年一果をなし日本林檎栽培の黎明を告ぐ
 兩來この地の林檎栽培は年を追って殷盛平岸地区にて
二百八拾余町歩量産二十五万箱を数う日本林檎の一大産地
となり道内京濱阪神はもとより海波のウラジオストック、シベリヤ、
樺太上海南方シンガポールにその販路を拡ぐ
大地にはりつきしごとく四方に張る老樹の枝そう節々の瘤と傷痕
それはたえまなく自然の暴威に耐えし樹の記録であると共に先駆
栽培百年の苦闘を物語る
 されど村の中央を貫流せる●水もなくいとも銀のいと●花影
秋陽にきらめく果実の枝も残り少なく地域一帯は住宅街
と化し世人に●われし北國の詩情も偲ぶにとゞまる
 使命おわり歴史のかなたにきゆるものとしてもなお心つきぬよっ
て栽培者集いて●はかり明治四十年札幌を訪れの●東京に居て遠
く林檎園の夏に思いをはす歌人石川啄木の歌一首を碑に刻し
往時を記念する
                札幌平岸林檎園記念歌碑
                        建設委員會
  昭和四十一年十月二十三日
 相馬神社<2013(H25)年12月4日>
 相馬神社は天神山の山頂にあり、境内には相馬神社創立記念碑が建っている。碑陰には「大正六年九月五日創立十周年建立」の文字が刻まれている。今年で、92年になるようだが、思ったよりも新しいようだ。
神社 石碑 創立記念碑 碑陰
 開村50年記念碑<2013(H25)年12月4日>
記念碑 碑横
 相馬神社の境内には開村五拾年紀念碑が建立されている。碑横には大正九年九月五日建立と刻まれている。相馬神社創立記念碑と同じ日に建立されたようだ。
 本願寺道路終点の碑<2013(H25)年12月4日> 周辺地図(写真)
石碑 解説
 相馬神社の東側にある澄川墓地の外れの平岸道路沿いに建立されている。
 石碑の横には、明治3(1870)年7月に伊達市オサルベツから起工し、翌年10月に平岸まで開通した本願寺道路の終点の碑との記述がある。
 大事業だったのにひっそりとした佇まいで、気品が感じられる。

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 二人の散歩路記録
 2010(H23)年11月18日 2013(H25)年12月4日