物語7 伊豆はアイヌ語?

 息子も娘も結婚して、家を出て行ったので、部屋を自分に使いやすいように整理していました。娘がフリーマーケットで売れる本は売って、売れなかった本が捨てるわけにもいかず、積んでありました。

 その中の1冊に「日本誕生の謎」井上赳夫著、なんと昭和39年6月30日発行の本がどうやら取り出せました。懐かしい、学生時代の遺物だ。「日本地名の起源」なんていうのもあったと思うのですが、表層なだれを起こしそうでとりあえず、これで、つないでおこう。

 「イズ」なんていうアイヌ語は無い。そもそもアイヌ語には濁音は無い。

 昔、沖縄から樺太・千島まで、アイヌ(人間という意味)人が住んでいたと、いわれています。これを、前提として話しを展開します。ここに、5つの民族がななだれ込んできたということです。
火の民族 「火」「須」「与」の火山を追った南方系
水の民族 「水」「志」「はり」の稲作を営む南朝鮮南方系
海の民族 「岐」「伊」「丹」「佐」「津」「波」の海岸の魚を追ったアイヌ系、北朝系「わい族」、南方海人(あま)系の3系統
日の民族 太陽を神とする高天原民族(皇族?)、満州系
山の民族 山に住み付く北朝系「ばく族」
 まだ、文字が普及していないころ、この5つの民族のうち、抜群に記憶力の良かったアイヌ系(残念ながら私はアイヌ系ではないな)が、歴史の伝承者になって、自分達の言葉で、伝えたから、日本中にアイヌ語由来の地名が残ったということが記述されていた。

 また、伊豆に限っては古国名では出雲、因幡、石見、伊勢、出羽(いでわ)、伊賀、伊予に属し、日本国中にばらまかれているが、これは民族が移動したあとだと言っています。さらに、私はわかりませんが伊豆と出雲は離れているが、方言と習慣は良く似ているとのことです。実は、出雲もアイヌ語でエッモイ(岬の陰の静かな海)というそうです。

 でも奥武蔵(埼玉県)でなぜアイヌ語が出てくるのだろう?
房総にも、伊豆が岳という山があります。20分ほどで登れる低山ですが、東京一帯は埼玉も含め「佐」の国、房総の突端は「波」の国、つまり海の民族の国だったようです。「伊」の国由来の人がいて「伊豆」と地名を付けてもおかしくないことになりなす。

 物の見方の問題ですが、アイヌ側の人(萱野茂さん等)の主張では日本の地名の8割はアイヌ語から来ていると言っています。
 上記の記述はまさにそのとおりだと思いますが。

 おまけです、尻におを付けると丁寧語のようですが、アイヌ語では「お」は尻や河口を表してい(なにか似た所が)るので、あかちゃんの「おむつ」もアイヌ語で尻を塞ぐ(ムッ)ものの意ということで、「むつ」におをつけた丁寧語ではないと言っていました。

 では、伊豆の意味、はてな、はてな、はてはてはてな、出羽は伊(い)国とはりの国の連合で「いでわ」となったといっていましたが、伊豆の記述はありませんでした。推測すると、海の民族どうしで「伊」と「津」が融合し、なまって、伊豆となったか、「いずも」の「も」が無くなり、「いず」となったような気もしませんか。意味は出雲と同じ「岬の陰の静かな海」と

 はてな、はてな、はてはてはてな?伊豆には岬の陰の静かな海がありますか、伊豆は言ったことはありますが、行ったことはありません。イズれ行こうっと!

 あなたは何族ですか?
                          ばく族より

 2000年の春に山メールに投稿済み
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