湘南平(千畳敷179m 浅間山181.3m 八俵山160m 高麗山168m)

 ポイント
 湘南平(しょうなんだいら)は浅間山を最高ピークに、千畳敷、八俵山、高麗山(こまやま)、王城山、羽白(坂田)、代官山、KDD塔の山が集まった山塊になっている。湘南平は、大磯南本町の医師杉原惣治郎が明治時代に開発したもので、古くは「泡垂山(あわたらやま)」、山戦時中は「千畳敷山防空砲台」と呼ばれていたようだ。アスレチックは撤去されていた。

 アクセス
 複数の登り口があるが、一番楽な湘南平の駐車場を目指す。道が狭く、良く分からないまま、何とか到着する。
 国土地理院の地形図 GPSトラックは「山の地図帳2012.5.26」へ 周辺地図
=写真をクリックすると大きなサイズになります=
 5月26日 <2012(H24)年 一周1:55>
 駐車場に到着して、湘南平に上がって行くと「杉原惣治郎先生顯頌碑」が鎮座している。広場に上がると、レストハウスが目に飛び込んで来る。広場の奥には平塚テレビジョン中継放送所の塔が見えていた。
駐車場(大×) 顯頌碑 レストハウス テレビ塔
 広場の一角には日本山岳会の先駆者岡野金次郎氏の石碑が鎮座していた。碑文には「山を愛し 山を楽しみ/晩年平塚に住み平塚で終った/日本山岳界に於ける先駆者/岡野金次郎翁を偲ぶ/平塚市長 戸川貞雄書」と刻まれ、解説板も隣に設置されていた。孫はレストハウスに興味があるようで、石碑の前で写真を撮し、早速、上に上がって見る。階段の途中で見慣れないムシ(マイマイカブリ?)を発見する。
記念碑 碑文 記念写真(大×) マイマイカブリ(大×)
 屋上に上がると、霞んではいるが360°展望が開けていた。羽白山(坂田山)越しに大磯港、大磯市街地、代官山が眼下に広がっていた。
                     ←大
          大磯港    羽白山           大磯市街地         代官山
 伊豆半島は見えないが、少し遠くの西側に鷹取山、北側に大山が煙っていた。晴れていれば、富士山も見えるはずだったが、また来る楽しみが増えた。
                     ←大
                                鷹取山                         大山
 テレビ塔を挟んで、左に浅間山、右に高麗山が望める。三浦半島は見えなかった。レストハウスを下りて、テレビ塔に向かう。途中、展望台があり、上がって見ると方位盤はあるが木立が茂っていて、機能を果たしていなかった。この辺りに、砲台跡があるようだが、時間が無いので素通りする。
                     ←大
                                              浅間山 テレビ塔 高麗山
 少しくたびれかかったテレビ塔は悪戯書きで醜かったが、浅間山、八俵山、高麗山の繋がりが見え、遠くに大山が霞んでいた。通路の金網には、びっしり鍵がぶら下がっていた。
テレビ塔(大×) 高麗山 大山 鍵だらけ
 テレビ塔で孫と別れて、孫はアスレチック、私は高麗山を目指す。道端に、ハクネウツギ、マルバウツギが咲き、ヘビチゴが赤い実を付けていた。遊歩道は、浅間山のコルへと下って行く。
ハコネウツギ(大×) マルバウツギ(大×) ヘビチゴ(大×) コルに下って
 「楊谷寺谷戸横穴群02.km/横穴が年代とともに形が簡略化している様子がわかる/大磯駅」の標柱が立っていたので、横穴群に行ってみる。下って行くと、異彩を放つ横穴群が出現する。穴の中を見ると、屋根型にカットされているのもある。下に下りて、解説板を見ると、天井部分がアーチ状や屋根型のもあるようだ。
横穴群へ 上の横穴群 穴の中 解説板
 横穴は墓場だったようで、改めて見ると穴が目に見えて来る。長居は無用と引き返し、浅間山に向かう。
解説板 下の横穴群 引き返し
 ハイキングコースガイドが立っているが、現在地の表示も無く、全く分からなかった。浅間山は何処なんだろうと思ったら、この上に道が延びていた。登って見るとテーブルとベンチの奥に浅間山の山頂標識兼解説板が立っていた。これより少し高い所には浅間神社と三角点があった。
コースガイド 浅間山山頂 浅間神社 三角点
 三角点から遊歩道と違う踏み跡を辿ると、階段の先が無い錆びた階段があった。展望台と明記されている地図もあるので、展望台だったのだろう。彼岸花群生地の看板も見られた。今日は、地元の人達の手入れの日のようで、大勢集まって急ん美をしていた。遊歩道身戻って高麗山へ向かう。
天国へ続く階段 遊歩道 彼岸花群生地 遊歩道
 道端には「八俵山5分」の道標が立っていたので、寄って見ようと登って行くと案内板や山頂標識兼解説板の立つ八俵山に辿り着く。
八俵山へ 大木 八俵山 八俵山の山頂標識
 道端には高麗山の自然林の説明板があり、空堀に木の橋が架かっていた。この枯れ沢が地獄沢というのだろうか。岩が剥き出しの尾根を登って行くと高麗山に辿り着く。
自然林の説明 橋が 地獄沢 高麗山
 広場は上宮造榮所の看板と祠が鎮座し、高麗山の山頂標識兼解説板が立っていた。解説板には新羅に滅ばされた高句麗の人達が移り住んだことから、高麗と呼ぶようになったという趣旨が書かれていた。
 ベンチに座りながら、おにぎりを一つ食べる。帰りに高麗山の最高地点を覗くと、ケルン状に石が積み上げられていた。再び、木の橋を渡り、正規の遊歩道を辿って行くと、謎の円い構築物を発見する。砲台の遺構なのだろうか。
大堂 高麗山の山頂標識 最高地点 謎の構築物
 道端には、曽我十郎之硯水の刻まれた石碑があり、その傍に池があった。間もなく、レストハウスの横で孫と合流するが、アスレチックは何処を探してもなかった、あるのは、遊具だけだったと言いながら、ソフトクリームを食べていた。
 その傍には、石碑があり、全く読めなかったが、その傍に解説板があり剣道家真壁氏記念碑だと分かる。
石碑 石碑 解説板
 「海は満潮(まんちょう)か月は千畳(かげ)を敷く●●」と刻まれた荻原井泉水の句碑も鎮座している。この句碑には珍しくルビが打たれている。碑裏は植え込みで見られなかった。
 孫たちは、アスレチックを探しに、下の駐車場まで戻るというので、私は、そのまま、下の駐車場まで舗装道路を下って行く。下の駐車場の横には、アスレチックの看板らしい跡があり、高みを目掛けて登ってみたら山頂にアスレチック跡と思われる柱の切り株があった。斜面を探すと、動物達が佇んでいて、丸太の切り株だけが残ったアスレチック跡が散見された。
句碑 アスレチック跡 動物達が アスレチック跡

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 二人の山行記録(遊びの時間含む)
 2012(H24)年5月26日(土) 晴れ 所要時間1:55
 11:06上の駐車場→11:10千畳敷11:31→11:34分岐→11:42横穴群→11:56分岐→12:02浅間山→12:20八俵山→12:26高麗山(昼食)12:36→12:41八俵山→12:58浅間山→13:11千畳敷13:16→13:24こどもの国(アスレチック跡)→13:32下の駐車場