様似山道(最高地点180m)               ×

 ポイント
 アポイ岳山麓の日高耶馬溪沿いに延びていた「様似山道」が復元された。5月中旬には「エゾオオサクラソウ」の群落が見られる。地名は様似町役場産業課商工観光係の作成した「様似山道フットパスコース」の地図から引用した。復元された距離は、役場の資料では6,995m、教育委員会の標柱に書かれているのは6,816mと微妙に違う。
 2万5千分1地形図名:様似(浦河)・幌満(広尾)  周辺地図
東口(ホロマンベツ)〜コトニ(メナシドマリ)コース:東口から山道を約5.5km歩く

 アクセス
 襟裳国道(336号線)を様似町の冬島から襟裳方向に走り、西口を通り過ごし「東冬島トンネル」を抜けると左に舗装道が伸びている。コトニ(メナシドマリ)の入口なので車で上がって行き、突き当たりに「民有林道コトニ線」「←様似山道→」の看板を見て、右折し昆布干し場の奥の山道入口に着く。ここに、自転車をデポして、東口を目指す。
 東口は「幌満トンネル」を抜け、直ぐに幌満川に架かる「幌満橋」を渡ると、右側に細長い道標と駐車スペースがある(河原に下りる道は昆布干し場なので駐車禁止)
 5月11日 <2009(H21)年 山道2:23 自転車28 総時間2:51> GPSトラックは地図帖「H21.5.11」へ
 駐車場所から「様似山道フットパスコース」の長い標識に従い、幌満川に架かる幌満橋を渡る。対岸を見ると、左から旧国道の橋、その下に2つのトンネル、次に橋脚だけが見える。一番古いのが海側のトンネルだろうかとか考えながら渡りきると、橋脚だけの所に標柱が立っているので、見に行くと、「延長一里二七町九間(六八一六m)様似町教育委員会」、裏に「様似山道東口(様似町文化財)」と書かれた起点だった。役場の資料では6,995mなので微妙に違う。
 幌満川右岸沿いの道を引返しすと、橋の袂に由緒書が立っている。手書きなので、西口に立つ由緒書と改行が微妙に違っていて筆書きなので人情味がある。
 様似町指定文化財(昭和六十年十一月十九日指定)
  様 似 山 道
 幕府は寛政十一年(一七九九年)東蝦夷地を
直轄地にすると同時に警備および産業上から
道路の開削を急務としました。
 この年、蝦夷地取締御用を命ぜられた大河
内善兵衛政寿はシャマニに至って中村小市郎、
最上徳内を難所の「シャマニ山道(冬島幌満間)
などの開削工事を担当させました。
 三里(十二キロ)弱の山道には「コトニ小休所」が設
けられ、明治六年(一八七三年)には山中に旅籠屋
「原田宿」が建ちました。
 海岸道路工事は昭和二年(一九三七年)には完
成し、「シャマニ山道」は自然に廃道となりまし
たが、現在、「様似山道」(約七キロ)として様似
町の文化財に指定し、保存をはかり往時の
姿をほぼ保っています。
   様似町教育員会
幌満橋を渡る 東口の山道起点 橋の下を潜る 由緒書
 道標に従い「幌満川」の河原を遡ると、丸太の階段の傍に入林ポストがある。丸太の階段は直ぐに、ピラオンナイの涸れた沢に消えてしまう。崖にはエゾオオサクラソウやオオバナエンレイソウが咲いていたが、高い位置にあるのでただ見て歩く。オオバナエンレイソウを良く見ると、上の花は花弁が4枚だった。足元が疎かになるので、花も見ながら歩き易い所を選んで登って行く。
幌満川の河原を 入林ポスト オオバナエンレイソ ピラオンナイの沢
 ニリンソウも咲いていて、その中にピンクがかったニリンソウがあった。ニリンソウを撮していると、愛棒が大きな声を出していた。毛が散乱していると言うので、良く見ると毛の中に鹿の死骸が見えた。肉は何も無いところを見ると、カラスが突付いて食べてしまったのだろう。登山者も山中で死んでしまえば、骨だけになるんだろうなと思うと淋しいものがある。ピンクのニリンソウは鹿の血を吸ってピンクになったのだろうか、などと科学的ではないことを考えてしまう。気の性か道端のエゾオオサクラソウも色が濃いようだ。気を取り直して、涸れ沢の中を登って行く。
ピンクのニリンソウ 鹿の死骸 エゾオオサクラソウ 涸れ沢
 沢筋には何故か割れた碍子の破片が目に付いて来る。その中に、割れていない碍子があり、書かれている文字を見ると「井桁の印と1958.10」と記されていた。碍子の製造から起算すると、廃道になってから21年が過ぎ、現在まで60年が経過していると言うことだろうか。それにしても、山の中に碍子の散乱とエゾオオサクラソウの群落はなんとも言えず不調和極まりないと思いながら、登って行く。見上げると山桜の花が咲き、目の前が明るくなりだすと、ピラオンナイの沢が終わりを告げる。
 沢を離れて登山道を辿るようになるが、一転して登山道らしくなる。この尾根の上で「様似山道」の最高地点を通過し、何時の間にか下りになってしまう。山道はジグを切って下って行くが、時折方向が変わるので木立越しにアポイ岳が見えるところもある。
碍子(大×) 目の前が明るく(大×) 沢を離れ尾根へ アポイ岳が
 斜面には「エゾオオサクラソウ」の群落が目を楽しませてくれるが、道端に現れる切り倒された電柱が転がっていて何か違和感がある。オオカメノキやヤマザクラも咲いている山の中なのだが。
エゾオオサクラソウ 切り倒された電柱 オオカメノキ(大×) ヤマザクラ
 「ルエランペツ」の沢に下って行くと、沢にロープが張られている。下って行き沢を見ると水量は少なく、靴を濡らすことも無く通過できた。次の沢も無難にこなせる。土の崖も登る所もあるが、見た目よりも土が乾いているので登り易い。花の少ない沢にはコブシやヒトリシズカも咲いていた。3回目の渡渉で最後となる。
渡渉1 渡渉2 ヒトリシズカ(大×) 渡渉3
 沢を越えると、また花の道の登りになる。尾根に上がる直前に「様似山道一八町八三三五(2km)」地点の道標が現れる。尾根に上がると、尾根の先に石柱があったので、寄ってみたら「北山356」の名盤が見えた。西口の方にも同じ石柱があったので、トンネル工事用なのかもしれないと思う。
沢から尾根へ(大×) 花の道を(大×) 2km地点 北山の石柱
 尾根の先からは木立越しだが、三角点潮風のある岬(以下潮風岬)が見えていた。今度は緩傾斜の尾根を北上すると、フィフィと小鳥の鳴き声がするので、探すと木の幹に動き回っていた。どうも「ゴジュウカラ」の様だが暗すぎて確認できなかった。まだ、咲いていないサンカヨウの生えている道を辿ると地面からビニールテープで巻かれた電柱を固定するワイヤが現れたり、やたらに電柱が横たわって来ると、「原田旅宿」跡が現れる。回りの木々には木の名前の書かれた名盤がぶら下っていた。ヤマザクラも咲き、エゾオオサクラソウの群落もあるが、昔の人の生活跡は見当らない。あるのは、現代の電柱と碍子の欠片が散乱していて、山の中に居ることを忘れてしまう。
潮風岬 ゴジュウカラ? ワイヤ 原田旅宿(大×)
 明治の十二年間は、現代文明に埋まってしまったのか、電柱と碍子の欠片だけが目に付き、宿の礎石は見えるようで見えない。

 エゾオオサクラソウの咲く山道を下って行くと電柱の中にエゾオオサクラソウが咲いていた。真っ直ぐな電柱は何故か自然の中では違和感がある。防腐剤が染み込んだ電柱は中々腐らないのだろう。これも昭和の負の遺産と言うことなのだろうか。

 3km地点を過ぎると、小さな「コマモナイ」の沢を渡る。
 様似山道の古址
  原田旅宿跡
一八七三年(明治六年)浦河開拓使出張所は
山道が非常に危険なのでここを護る人を
探しており、静内に居住していた旧淡路
稲田藩士の原田安太郎夫妻が応じて
四間に七間の家を建て宿泊させたり相談役
になったりして十二年間人々の安全を護って
きたもので時には凶悪犯人を捕えたことも
あるという
明治十八年に辞退して様似へ転出したが
その功績は非常に大きかった。点在する
石は建物の土台に用いたものである
   昭和五十七年十一月一日
    様似町教育委員会
由緒書 エゾオオサクラソウの 3km地点 コマモナイの渡渉
 オホナイの沢を越えると平らな尾根になり、青い目立たないニシキゴロモ(sakagさんkoyaさんの同定)の花が咲いていた。この尾根は古い地図にはアポイ岳の登山道として記載されている道だ。下草が何も無く広い道を下り出すと、「山道中間地点3497.5m」の標識が現れる。
オホナイの沢 ニシキゴロモ 旧アポイ岳登山道(大×) 中間地点
 木立越しにアポイ岳が見え隠れする尾根を振り返りながら下って行くと、4km地点の標柱が現れる。尾根の先では山中へ下る旧登山道が分岐するのだが、道は判然としない。道はUターンするような格好で深いオイオイの沢に下って行く。
アポイ岳を 4km地点 中山へ下る道 オイオイの沢へ
 オイオイの沢は二股になっていて、一つ目の沢を渡ると「オイオイの沢(山中)」の看板が現れる。看板の赤く書かれた道を頭に入れて沢の中を辿って行くと前方に看板が現れる。今度の看板は通り過ぎて来た看板と似ているようだが(山中)の字が無く、「オイオイの沢」の表示だった。地図には「山中」の表示は「オイオイの沢」の表示の方にあるのだが。
オイオイの沢 オイオイの沢(山中) 沢の中間(大×) オイオイの沢
 オイオイの沢を離れて尾根に上がり出すと5km地点に到着する。尾根道にはスイセンの黄色い花が見え出し、目の前にコトニの出口が見え隠れする。最後に、コトニの南口にでて、デポしていた自転車にまたがり、舗装道路を下る。愛棒は折りたたみ自転車、私は子供用自転車で曲乗り状態だった。一路、国道を走り幌満を目指す。山中を越えると、目の前に潮風岬が見え出す。山中トンネルを通らず、旧国道を辿って行く。
5km地点(大×) コトニの出口 自転車で出発 潮風岬
 潮風岬にさしかかると、民家の裏には滝が落ちていた。滝の有る家は始めて見たような気がした。旧国道は自動車が通らずゆっくり自転車に乗る。ルランベツ覆道からは覆道内に入らなければならない。潮風岬を振り返り、覆道内に入って行く。覆道を抜けると幌満トンネルになり、旧国道は交通止めになっていた。仕方が無く、トンネル内に入り、無事駐車場所に戻ることができた。
民家の滝 ルランベツ覆道内へ 潮風岬 幌満トンネル
コトニ(メナシドマリ)〜西口(オソフケウシ)コース:西口までの1,150mを歩く
 アクセス
 国道336号線を様似町の冬島から襟裳方向に走ると、「押木橋」の袂に西口があるが知らずに通り過ごす。「東冬島トンネル」を抜けると左に舗装道が伸びていたので、車で上がってみた。突き当たりに「民有林道コトニ線」「←様似山道→」の看板があり、取りあえず右に行くと舗装道路は昆布干し場で終わっていて、奥に山道が伸びていた。アポイ岳を見ながらコトニへ戻り、反対側の道に入って見たら、昆布干し場の奥に看板があった。
 11月18日 <2006(H18)年 片道17分> GPSトラックは山の地図帖「2006.11.18」へ
 コトニ小休所の看板があり、愛棒と由緒書に見入る。どうやら、様似山道の西外れのようだ。
 今日、来る予定ではなかったので、準備が行き届いていなかったが、国土地理院の地図だけは持ってきていた。
 それを見ると冬島まで伸びているようなので、愛棒に冬島(間違い)まで、車を回しておいてもらうことで別れ山道を辿ることにする。
 様似山道の古趾
 コトニ小休所跡
様似山道が開設した一七九九年(寛政十一年)旅人の心をいやす眺めの良いこの場所に、往来する人たちの休息の場として、二間に三間の小屋が建てられた。往来の人たちはここで焚火をして暖をとったり、時には仮眠もしたという。
東口(幌満)から来た人は熊や鹿に脅かされながら、うっそうとした山中を通りここに辿りついてようやく安心したという。また西口(冬島)がら来た人はこの先の難所に備えて支度を整え、この眺望も見納めの心境でシャマニを背に東へ向かったとか。
悲喜交錯の多く残された所です。
 様似町教育委員会
民有林道コトニ線 昆布干し場 コトニへ下る道とアポイ岳 コトニ小休所跡
 昆布干し場の奥にあるコトニ(メナシドマリ?)の入口から山道に入ることにする。取り付きの道は広く、木の葉が落ちたので明るい日差しが満ちていた。真っ直ぐに伸びる山道は落ち葉の絨毯と化していて蹴散らしながら進んで行く。一部だが街道と見間違うような松並木が現れ、その後ろにアポイ岳が顔を出していた。
メナシドマリ?の入口 取り付きの道 山道 アポイ岳と松並木
 真っ直ぐな道は海側に変わり断崖が顔を出す。この断崖は「テレケウシの断崖」の一部なのだろうか。海側のピンクテープに誘われて深入りしたら、赤く塗られた石柱があり北山と彫られていた。崖にも踏み跡があるが、怖いので戻って無事山道に復帰する。
 後は、側溝沿いの道をまっしぐらに西口(オソフケウシ)に下る。西口が近くなると小屋と砂防ダムが見えてくる。
テレケウシの断崖? 石柱(北山) 見晴らしの良い道 西口へ下る
 山中トンネル方向(日高耶馬溪)を見ると段丘の上に建物が見える。
 下って小屋に辿り着く、昔風の由緒書の看板や「延長一里二七町九間(六八一六m)様似町教育委員会」、裏に「様似山道西口(様似町文化財)」と書かれてた起点の標柱、入林ポストまであり、小屋に大きく「西口」の文字が書かれていた。

 押木橋の袂に下りると、愛棒が待っているはずだが居ない。落ち合う場所を冬島としたので、そちらに行っているようだ。携帯電話は通じないので、冬島方向へ歩きながら連絡を取ろうとしたら通じた。
 愛棒曰く、地元の人に聞いたら、西口から冬島にも通じている道があるらしいとのことだった。そういえば、西口の沢に橋が架かっているのが気になっていた。
 様似町指定文化財(昭和六十年十一月十九日指定)
  様 似 山 道
 幕府は寛政十一年(一七九九年)東蝦夷を
直轄地にすると同時に警備および産業上
から道路の開削を急務としました。
 この年、蝦夷地取締御用を命ぜられた
大河内善兵衛政寿はシャマニに至って中村小
市郎、最上徳内を難所の「シャマニ山道(冬島
幌満間)などの開削工事を担当させました。
 三里(十二キロ)弱の山道には「コトニ小休所」
が設けられ、明治六年(一八七三年)には山中に旅
籠屋「原田宿」が建ちました。
 海岸道路工事は昭和二年(一九三七年)には
完成し、「シャマニ山道」は自然に廃道となり
ましたが、現在、「様似山道」(約七キロ)として
様似町の文化財に指定し、保存をはかり
往時の姿をほぼ保っています。
    様似町教育員会
山中トンネル 由緒書 西口の起点 西口(オソフケウシ)

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 二人の山行記録
 2009(H21)年5月11日(月) 東口〜コトニ 曇り 山道2:23 自転車28 総時間2:51
 9:25幌満橋→9:31東口(ポスト、ピラオンナイ)→9:58沢から尾根へ→10:02最高地点→10:22渡渉→10:29地点2km→10:33北山356→10:51原田旅宿跡→10:54地点3km→11:04オホナイ沢渡渉→11:14中間地点→11:22山中旧登山道分岐→11:17地点4km→11:29オイオイの沢11:31→11:39地点5km→11:48ことに南口→自転車→12:10幌満トンネル→12:16幌満橋
 2006(H18)年11月18日(土) コトニ北口(メナシドマリ?)〜西口 晴れ 山道17
 15:03コトニ北口→15:05地点6km→15:12北山石柱→15:20西口