北区歴史と文化の八十八選(藍の道)
79水野波陣洞句碑 80川端麟太句碑 81藍栽培ゆかりの地 82宮西頼母歌碑 拓北記念碑・北海道百年記念碑 83興産社の馬頭観世音 84仙人庚申塚 85トンネウス沼

 ポイント
 札幌市北区役所では区内にある文化遺産の中から88か所を選定し「北区歴史と文化の八十八選」として散策路を作っている。コースは@文学と学問の道(鉄西・幌北:1〜22)、A水辺と開墾の道(北・新川・新琴似・麻生:23〜44)、B森と歴史の道(屯田:45〜61)、C農村文化発祥の道(太平・篠路:62〜78)、D藍の道(篠路・拓北・あいの里:79〜88)の5つある。
 篠路・拓北・あいの里コース
=写真をクリックすると大きなサイズになります=
 79 水野波陣洞(はじんどう)句碑  <’12.4.25> 周辺地図
 茨戸川沿いのサイクリングロードをバックにして、南向きに鎮座している。句碑に近づいて見ると、石碑が沈下したのか、土が覆い被さってきたのか、波陣洞の洞の字が埋まってしまっていた。説明板を見て、それが分かった。建立年月日を見ようと、碑裏を見るが潅木が繁茂していて良く分からなかった。
道端から 句碑 説明板 茨戸川
「白鳥の翼唸りふり被り」、水野波陣洞は、北の風物をとら
えた作品の句作に務めてきた。この作品は、本人が土木測量等の
仕事に従事しながら、頭の上を白鳥が飛んでいった様を歌った
ものであると言われている。
 昭和51年(1976年)、札幌市文化奨励賞を受賞
                      平成17年3月札幌北区役所 
 80 川端麟太句碑  <’12.4.25> 周辺地図
 水野波陣洞の東側に同じく、茨戸川沿いのサイクリングロードをバックにして、南向きに鎮座している。この碑文には麟太の名前が刻まれていた。副碑には、略歴が刻まれ、その碑裏には昭和58年6月26日建立と刻まれていた。改めて、俳句を読むが凡人には、一生懸命働いている人の様が浮かんでこなかった。
道端から 句碑 副碑 説明板
「のぞみありて庶民の帽の青きひさし」、川端麟太は、庶民の
うたごえとしての俳句をめざし、豊かな庶民感覚を盛り込ん
だスケールの大きい作品が多い。この作品は、一生懸命働いて
いる人の様を歌ったものであると言われている。
                      平成17年3月札幌北区役所 
 81 藍栽培ゆかりの地(札幌ふるさと文化百選) <’09.11.27> 周辺地図
 ペケレット湖に流れこむ二筋の小川に挟まれた道端に、石碑群があり、立ち寄ってみた。藍染めのレリーフと「さっぽろ・ふるさと文化百選 藍栽培ゆかりの地 58」と書かれたサイコロ状の案内板があり、灯篭の奥には報徳碑が鎮座している。近づいて碑文を読むと、先人の徳を褒め称えるないようだった。碑文は、どうやら新しい金属板を昔の碑文が読み辛くなったので金属板に替えたようだ。
レリーフ 文化百選58
報徳碑 碑文
興産社社長滝本五郎翁は、徳島(阿波)の生まれで、
幼少の頃から聡明であった。開拓精神に富、明治十四年
に弟の阿部興人・原文吉・近藤庫太郎などと相談して、
札幌郡篠路(拓北)の地を開墾したが、その十七年間は
困難をきわめた。しかし、粘り強く頑張りついに六百九
十町を開拓し、農民百五十人を入植させる偉業を達成し
た。明治二十三年には藍の製造で全国一等賞を受賞し、
更に明治二十九年藍綬褒章を受章したが、明治三十二年
十月九日病のために六十四歳にて惜しまれて逝去した。
その業績に対して次の言葉を贈り、その徳を讃えます。
 剛健なり、金銭堅固なり、自ら辛酸をなめ、風雪に耐
え、勤倹に勤め、慈愛に満ち、鬱蒼たる荒れ地を開き、
藍の栽培で国を富ませ、その素晴らしい功績がこの地に
永久に留まることを祈念いたします。
功績多大のため、その一端を掲載するのみです。
               追記
既存の報徳碑は、建立から百七年も経過し、刻印された
文字も薄れ読み辛くなりましたので、簡単な現代文に改
め開拓魂を引き継ぐ絆といたします。
          平成十九年八月十九日 唐牛 繁三
 82 宮西頼母歌碑  <’09.11.27> 周辺地図
 歌碑の前には石狩川と農村風景のレリーフと説明板がある。歌碑に近づくと、歌の終わりに「頼母」と彫られている。歌碑の裏には昭和51年11月3日建立と彫られていた。
レリーフ 説明板 歌碑 碑の裏
「チモシーの禾積つみ終へし土手のうへ石狩川は波立ちて見ゆ」
昭和43年の歌会始め詠進歌に入選した歌である。「チモシー」
とは、牧草の一種、「禾積(にほ)」とは牧草を円錐状に高く積み上げ
たものである。石狩川の近くで農業に従事しながら作歌活動を
続けてきた歌人であり、北の厳しい自然と大地に挑む農耕歌を
多く発表している。
                      平成17年3月札幌北区役所 
 拓北記念碑・北海道百年記念碑 <’09.11.27> 周辺地図
 石碑群の配置が今一理解出来ないまま、拓北記念碑、百年記念碑と辿ってしまう。碑文を見ると報徳碑と関連が深いことがわかる。更に、報徳碑の碑文が消えて見難くなっていたので、北海道百年記念碑で補足したと思えた。しかし、この記念碑も文字が掠れて見えなくなっている箇所があり、全文は解読できなかった。
石碑群 拓北記念碑 碑文 百年記念碑
    碑    文
拓北地区は明治十三年頃より開拓が始
まる 始め藍の栽培がなされ成果をあ
げたこともあるが次第に雑穀等に移る
大正末期から昭和初年にかけて石狩川
より水を引き水田を造成し土功組合が
設置された 区域(興産社 釜谷臼
大野地)は泥炭地が多く用水路の決潰
も度々で播種期の遅延 冷害 水害等
に耕作農民は疲弊に陥る よって地主
吉田農場より北海道拓殖銀行の管理と
なる 戰時中を経て昭和十九年自作農
を創設し農地は解放される 昭和二十
四年法律の改正により土地改良区が制
度化されて区域(甲区は興産社釜谷臼
乙区は横新道 学田 茨戸)は防風林
の造成 客土等によって漸く地味も肥
沃となり良質米の生産地となる 昭和
三十八年頃より都市化の影響により住
宅団地の造成 米の生産調整 乙区地
域の脱退等と相抹って昭和四十九年日
本住宅公団が区域の大部分を買収する
ことになり本土地改良区は清算段階に
入り水田耕作に終止符をうつことにな
る こうしたことによって新たなる町
の進展の時に当り 往時を偲び永く後
世に伝えたくこの碑を建立する
  昭和五十四年十二月
        篠路拓北土地改良区
   開拓記念碑案内標
 この碑は 頌徳碑を●●滝本五郎
を顕彰して建立されたものなり。滝本
五郎は 天保七年一月二十四日徳島県
で生まる 明治十五年北海道に移住●
篠路に●●●未開地九百二十四万坪平方
米の払い下げを受け●実弟阿部興人●
と篠路興産株式会社を設立し●郷里
より●●した●農民と共に開拓に努む
その間 諸種の災害に遭うも屈せず
藍の栽培を試み成果を収めて博覧会等
に賞を受け 篠路の開発
に多大の功績を残せり
 明治三十二年十月九日
病死 行年六十四才 翌
年同郷人●り 手稲方面
より碑石を運び之を建立
昭和十四年現在地に施設
す 碑文●● 候将●須●
茂昭の揮毫なる●●永年
の風雪にて殆ど●消●去
る 時に今年開道壱百年
に当り これを記念して
開拓の功績を後世に伝え
●●有志相●が●が案内
標を建立す

 昭和四十三年八月十日
   開拓記念碑
     案内標建設期成会
天照大神宮
 石碑群の外れには天照大神宮が祀られていた。この石碑も開拓時代からのものなのだろうか。
 83 興産社の馬頭観世音  <’09.11.27> 周辺地図
 道端の一角に、冬木立となって見易くなったためか、馬のレリーフが見える。近づいて行くと説明板があり、その奥に興産社の馬頭観世音がある。
道端に レリーフ 説明板 石碑
 藍の栽培と製造を行なった興産社農場は、安価な輸入染料に
よって経営に行き詰まったことから、事業家の谷仙吉が農場
を譲り受けて谷農場となった。谷農場の耕作農家にとってか
けがえのない農耕馬や繁殖馬の健康を願って、同農場の18名
によって明治42年(1909年)にこの馬頭観世音が建立された。
同観世音の周囲には、大正年間に建立された馬頭観世音もある。
                平成17年3月札幌北区役所
 84 仙人庚申塚 <’09.11.27> 周辺地図
 あいの里の街角にレンガ造りの祠があり、近づいて行くと歩道にレリーフが嵌められ、柵で囲まれていた。右には「仙人庚申塚移設碑」があり、どこから移設されたか分かる地図が添えられていた。祠の中は格子の扉で良く見えないが、赤い布で覆われている石仏があるのだろう。
レリーフ 説明板 扉越しに
 この石像は、明治28年(1895年)に建立され、山岳信仰の
開祖といわれている役行者をかたどっている。右手に錫杖(つえ)、
左手には煩悩悪霊を打ち砕く金剛杵をもつ。台座には右から
「見ざる、言わざる、聞かざる」の三猿が刻まれている。これは
何事もつつしみ深くあらねばならないという庚申信仰の教え
を表わしている。仙人の姿をした更新塚はめずらしく民俗学
上も貴重なものである。なお、この像は昭和60年(1985年)、
東北約10メートルのところからここへ移された。
                平成17年3月札幌北区役所
 85 トンネウス沼 <’12.4.25> 周辺地図  トンネウス沼は別ページを作成中です
 トンネウス沼は、あいの里公園では調整池と呼ばれているようだ。公園の西南側に東屋があり、レリーフと説明板がある。傍には、ホタル池もある。
東屋の隣に レリーフ 説明板 トンネウス沼
 ここあいの里公園内にある「トンネウス沼」。地区における
雨水貯留機能をもち、茨戸川に水門でつながる旧河川で、水深
1メートル前後、ひょうたん型で周囲は1キロメートル。
 この池は、流れがないうえ水深が比較的浅く、水草が豊富に
あるところから、貴重なトンボの生息地となっている。昭和
61年の調査によると、「セスジイトトンボ」、「オオイトトンボ」
「アジイトトンボ」など希少種三種のほか、「ギンヤンマ」
など十数種のトンボが確認されている。
                平成17年3月札幌北区役所

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