大通公園付近散歩
 時計台・さっぽろテレビ塔・札幌建設の碑・創成橋の親柱と基礎の札幌軟石・札幌市立中央創成小学校跡・ベンソンの水飲み・北海道電話交換創始の地碑・石川啄木の銅像と歌碑・開拓紀念碑・漁民之像・有島武郎文学碑・マイバウム

 ポイント
 広い公園なので、雑多なものに出会える。
=写真をクリックすると大きなサイズになります=
 時計台(旧札幌農学校演武場) (札幌市中央区北1条西2 周辺地図 <’15.10.22>
 ビルの谷間に、佇んでいる。
玄関 解説板
 さっぽろテレビ塔 (札幌大通公園西1丁目) 周辺地図 <’15.10.22>
   
テレビ塔
 1956(S31)年に完成したテレビ塔は大通公園(幅105m、長さ1.5km)の最東端にある。高さは147.2mです。
 札幌建設の碑(さっぽろふるさと文化百選50)・創成橋の親柱と基礎の札幌軟石・石川啄木の銅像と歌碑
 (札幌市中央区南1条西1丁目)周辺地図 <’09.9.22>
  札幌建設の地
   札幌市長 原田 與作
 この地は 錢凾から千歳に抜け
る道と藻岩山麓を通り篠路に行
く道との交叉点に當り明治弐年
拾壹月拾日開拓判官島義勇 石狩
大府の建設をこの地から始め その
志をついだ岩村判官は同四年参
月札幌の町割をこゝを中心として
行い 民家を建てることを許した
今日の札幌市は この附近を基点
として發達したのである
 ビルの一角に意味不明の形をした造形物があり、足を止めて見てみた。壁には「さっぽろふるさと文化百選 札幌建設の地碑 平成2年札幌市50」のサイコロ状の物が埋まっていて、碑文にはその経緯が書かれていた。左の石は札幌軟石のようで、上が欠けているが、下には「橋」と彫られているようだ。右の欄干は創成橋の親柱だったと思われる。日本的な親柱には擬宝珠が光っていた。
 どうやら、ここは札幌のヘソのようだが富良野のヘソよりか格段に扱いが低いような気がする。
文化百選50 建設の地碑 碑文 親柱
 札幌市立中央創成小学校跡 札幌市役所敷地内(中央区北1条西2丁目) 周辺地図 <’09.8.20>
記念碑 校歌
大通公園を東から西に通り過ぎようと、自転車を転がしていたら、札幌市役所の南側にある庭園の中に顔のレリーフが嵌め込まれた石碑を発見し近づくと、廃校になった跡の記念碑だった。
 その下には、校歌の銅版が嵌め込まれいていた。昔は、校舎から聞こえていたのだろう。
札幌市立中央創成小学校の跡          
         題字 原田 与作 書  

校歌 明治十二年四月二十日制定   
         石 森 和 男 作詞    
         玉 川 瓶 也 作曲    
         飯 田 広太郎 加筆   
一 菊のかおりの いや高く
     学びの柱つき立てし
   そのとし月を かぞうれば
     (めいじよとせ)    (かみなづき)
     明治四年の 十月
二 月のうちにも 日をえらび
     始めてここに 開かれし
   愛と情けの 充ちわたる
      教えの庭の うれしさよ
三 昼はひねもす夜もすがら
      流るる水の たえまなく
   ひらけゆく世におくれじと
     勉めはげまで あるべきか

四 雪の徽章の我が校旗
     高くささげて諸共に
   おおしき心 ふり起こし
     学びの道を進むべし
 ベンソンの水飲み (札幌大通公園西2丁目) 周辺地図 <’09.9.22>
 水飲み場にしては、古風なものだと思ったら、台に注意書きがぶら下っていた。どうやらモニュメントのようだ。傍に、日本語と英語で作られた銅版が石に埋め込まれていた。
水飲み台と碑文 モニュメント 水飲み口 碑文
  Benson Fountain
  <ベンソンの水飲>
この水飲は姉妹都市ポートランド
(アメリカ合衆国)から1966
年に寄贈されたものです。190
0年になって間もない頃の独立記
念日(7月4日)に喉を渇かし泣
いている少女を見た同市のサイモ
ン ベンソン氏(1942年92
才で故人)はあわれに思い、19
12年にこの型の水飲をつくり、
市に寄贈したのがはじまりです。
現在、ポートランド市内には20
ケ所のベンソンの水飲があり市民
に愛用されています。
 Simon      Benson
LUMBERMAN        PHILANTHROPIST
   1852           1942
The BENSON FOUNTAINS ARE BELOVED
LANDMARKS OF THE CITY OF PORTLAND
TWENTY WERE PLACED ON DOWNTOWN
STREET CORNERS IN 1912 BY THIS
ORLCON PIONEER
THIS BENSON FOUNTAIN
PRESENTED TO
THE CITY OF SAPPORO
OCTOBER 1965
 北海道電話交換創始の地碑 (札幌大通公園西2丁目) 周辺地図 <’09.9.22>
 ベンソンの水飲みの隣りに、ひっそりと設置されている石碑があり、見ると電話が開設されてから昭和48年で100年の碑だった。
石碑 碑文
 明治33年(西暦1900年)3月1日、この地で北
海道最初の電話交換が開始されました。
 本道における電話の歴史は、この時から始まりました。
 これをわたくしたちの胸に末永くとどめるため、北海
道の電話が100万に達したのを記念し、当時の札幌電
話交換局の跡に、この碑を建立します。
 昭和48年12月19日
               日本電信電話公社
               北海道電気通信局長伊佐 進
 石川啄木の銅像と歌碑 (札幌大通公園西3丁目) 周辺地図 <’09.8.20>
銅像と歌碑 歌碑
 西3丁目を通過しようとしたら、石川啄木の銅像と歌碑があり、近づくと歌碑には「しんとして 幅広き街 の 秋の夜の トウモロコシの焼くるにおひよ」と彫られていた。
 後には、協賛者の名前に今は無い拓銀や丸井さんが並んでいた。思わず、「しんとして 幅広き街の 不景気の代の 老舗の倒るるおとよ」なんてパロ歌が頭を過ぎる。 
 開拓紀念碑 (札幌大通公園西6丁目) 周辺地図 <’09.8.20>
銅像と歌碑
 イベント後なのか、前なのか出店やトラックで溢れかえっている中をすり抜けると、開拓紀念碑が立っていた。極めてシンプルで、何処に持って行っても通用する石碑だと思った。
 多分、北海道を開拓した紀念碑だと思うが、解説板もない。北海道らしいなと一応碑の回りを一回りして見るが、他になにもない。
 漁民之像 (札幌大通公園西7丁目) 周辺地図 <’09.8.20>
漁民之像
 碑文には「われわれの父祖は、きびしい風雪を耐え抜き、北海道開拓のさきがけとなった。北海道百年は、道魚連創立十周年にあたる。われら全道漁協婦人部員三万余名は、先人の偉業をしのび北海道悠久の発展に貢献する決意をもって、ここに漁民の像を建立する。昭和四十四年五月九日 北海道漁協婦人部連絡協議会」と彫られていた。
 44年と言えば個人的に忘れられない年だったと思い出にふける。
 有島武郎文学碑 (札幌大通公園西9丁目) 周辺地図 <’09.8.20>
文学碑 碑文
 有島武郎の文学碑には男の子と母親のレリーフが嵌め込まれている。母親の視線は正面ではなく、東向きなので、東側から撮してみた。
 碑文には有島武郎の友人と言われる武者小路実篤の作品「小さき者」の一節が彫られていた。
 読んでから、私の心は暗い内容にくもるようだ。楽観主義の私に戻るには少しの時間が必要だった。
 小さき者よ 不幸なそして 同時に幸福なおまえたちの父と母との
祝福を胸にしめて人の世の旅に登れ 前途は遠いそして暗い
しかしおそれてはならぬ おそれない者の前に道は開ける
  行け  勇んで  小さき者よ
             有島武郎「小さき者」から     実篤書
 聖恩碑 (札幌大通公園西5丁目)<2015(H27)年6月16日>
聖恩碑 碑文
 東面には聖恩無疆、西面には碑文がある。
昭和十一年秋天皇陛下北海道ニ行幸シ陸軍特別大演習ヲ統監シ給フヤ十月
一日ヨリ九日ニ至ル迄蹕ヲ本市ニ駐メ其ノ間各所ニ親臨シ又勅使ヲ差遣シ
以テ愛民撫下ノ仁恵ヲ垂レサセ給ヘリ二十萬市民此ノ盛事ニ際會シ欣躍抃
舞感激ノ情今ニ至テ猶ホ新ナルモノアリ謹デ按ズルニ明治天皇ハ明治十四
年奥羽北海道ニ巡幸シ八月三十日ヨリ翌月二日ニ至ル迄鳳輦ヲ本市ニ駐メ
サセラン大正天皇ハ東宮ニ在セシ時明治四十四年北海道ニ行啓シ八月二十
五日ヨリ二十九日ニ至ル迄鶴駕ヲ本市ニ駐メサセラレ今上陛下ハ東宮ニ在
セシ時大正十一年北海道ニ行啓シ七月十一日ヨリ十四日ニ至ル迄鳳輦ヲ本
市ニ駐メサセラレタリ明治天皇登極ノ初メ優詔ヲ下シテ北海開拓ノ大本ヲ
樹テ給ヒ大正天皇今上陛下亦相尋デ開拓ノ進境ヲ臠セ給フ是ヲ以テ全道ノ
官民常ニ相一致シテ聖旨ニ副ヒ奉ランコトヲ期シ經營七十年ノ間文化普及
シ産業欝興シ遂ニ今日ノ盛況ヲ見ルニ至レリ而シテ本市ハ實ニ北海ノ首都
タルノ地位ニ在ルヲ以テ明治以来三朝ノ恩營ヲ蒙ルコト欺ノ如ク其レ大ナ
リ此レ宜シク後世ニ傳ヘ以テ子孫ヲ訓ユベキモノ本市深ク此ニ鑑ミル所ア
リ乃チ昭和十一年行幸記念事業ノ一トシテ碑を建テ紀スニ三朝の恩營ヲ以
テス凡ン其ノ下ヲ過ギ其ノ事ヲ徴スル者誰カ聖恩ノ疆リ無キニ感ジ肅然ト
シテ尊皇愛國ノ念ヲ振起セザラン閑院宮載仁親王特ニ題字ヲ賜フ感載ニ勝
ヘズ予謹デ其ノ梗概ヲ敍シ碑陰ニ書スルコト此ノ如ス
昭和十三年十一月     札幌市長従四位勲四等三澤寛一謹撰 
 マイバウム (札幌大通公園西11丁目)<2009(H21)年9月22日><2015(H27)年6月16日>
 石山通りを越えると、人形ツリーが目に入る。何か異国情緒が漂っている。その傍には解説板があり、読んで見ると姉妹都市ミュンヘン由来のものだった。改めて、見上げると青空の中に人々が生活していた。
東側 西側 上部 下部
解説板 噴水と(’15.6.16)
 噴水とマイバウム、その奥に札幌テレビ塔が見える。
       マイバウム(Maibaum)
 このマイバウムは、姉妹都市ミュンヘンから昭和51年5月に寄贈され
ましたが、平成12年老朽化により一時撤去され、その後札幌市立高等専
門学校の生徒が中心となり復元作業が行われ平成13年11月に完成いた
しました。マイバウムとはドイツ語で「5月の木」を意味し、春を迎える
喜びを象徴しています。ミュンヘンでは、ヴィクトリュアリエン市場に立
っています。札幌のマイバウムは高さ23mです。
                            札 幌 市
 バラ園 (札幌大通公園西12丁目)<2015(H27)年6月16日>
 
バラ園
 札幌資料館 (札幌大通公園西13丁目)<2015(H27)年6月16日>
 札幌資料館は夕暮れ時なので、逆光になり真っ黒に見える。玄関の上を見上げると、目隠しされたギリシャ神話の法の女神と公平を表す秤が札幌控訴院の文字を挟んで見える。正義の剣が刻まれていると言うが何処だろうと探すが分からない。入口から中に入ると、入場料は無料だった。展示場に入るとサッポロカイギュウの骨格の標本が置かれ、札幌の成り立ちや歴史が解説されていた。
札幌資料館 札幌控訴院 入口 前庭

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 二人の散歩記録
 2015.6.16 2009.8.20 曇り 2009.9.22 晴れ