三ツ池(H17m)二ツ池(H8m)獅子ケ谷市民の森(43m)

 ポイント
 都会の中の緑を繋いで辿る。

 アクセス
 神奈川県立三ツ池公園の正門駐車場を目指す。駐車料金は1日500円だった。丁度、駐車場の自動販売機に商品を補充していたので、滑り台用の段ボールをもらい出発する。
 国土地理院の地形図 GPSトラックは「山の地図帳2009.6.1」へ 周辺地図
 三ツ池0.03ku(上の池0.006ku 中の池0.013ku 下の池0.011ku)
 段ボールを手にした孫と芝生公園の前で別れ、湖畔の道を反時計回りで辿ることにする。直ぐに、トーテムポールの様な柱が入口に立っているコリア庭園があるが素通りし、「下の池」沿いのを進む。
芝生の広場前で(大×) コリア庭園前を コリア庭園 下の池
 池の中を覗くと木が映っていて、その木の中にコイが寄って来る。釣竿が無くてもコイツリーなんてオヤジギャクが浮かぶ。プールやテニスコートを横目で眺めながら辿って行くと道端には熱帯植物と思われる大きく白い花が咲いていた。売店も横目で見ながら通過する。「下の池」を振り返り、中の池を目指すと白い房状の花が咲いていた。
コイ 大きな白い花(大×) 下の池 白い房状の花(大×)
 道端には祠があるが上がらずに通過する。傍には歌碑もあり「この池の愛蔵の水温みめり 不死男」の文字が刻まれていた。中の池はスイレンの白い花が咲いていた。上の池の辺に入ると、ジャンボ滑り台が見えて来た。滑り台には二人の孫が滑っていた。
歌碑 中の池 ジャンボ滑り台
 水辺の広場付近の「上の池」にはハスの花が咲いていて、子供が遊ぶ姿が見られた。「上の池」に浮かぶハスの白い花を見ながら辿って行くと、「上の池」と「中の池」を仕切る堤防の道があるので辿って見たらい、「上の池」がよく見えた。傍に水門のゲージがあり、見ると閉になっていた。
上の池 水辺の広場 上の池 上の池
 「中の池」と「下の池」の堤防の道にも寄ってみたら、「下の池」にアンテナがぐにゃぐにゃに曲がって水面に浮いていた。道端には歌碑があり、その傍に解説板があった。歌碑は読めないので、解説を読むと「この石碑は天保十四 年(西暦一八四三年)に 作られたもので、当時 三ツ池の水が広い田ん ぼにひかれ涸れるこ となくいつも農民に深 い恩恵を与えたことを 詠んだ和歌が刻まれて います 和歌の詠み方 千町田(ちまちだ)に引登茂都喜(ひくともつき)じ 君賀代(きみがよ)乃恵母富加幾(めぐみもふかき) 三ツ池農水(いけのみず) 藤原増?(ふじはらますのぶ)」と記されていた。T字路の奥には百樹の森碑も見える。
ぐにゃぐにゃのアンテナ 歌碑 解説 百樹の森碑
 再び、正門の前に帰り付き下の池の標識を見る。天馬の像も改めてよく見ると、銅像の前に中国語と日本語で書かれた解説板があり「この銅像はロマンチックな発想と合理的な構造で作られた中国古代の 芸術品と言われる「馬超龍雀(ばちょうりゅうじゃく)」の複製品です。実物は1969年10月、中国西北部甘粛省武威県の北になる漢墓の中から出土したもので、今から1700余年前のものです。 馬は首を上げ、尾を仰向け、三本の足を空に舞いあがらせ、右後足を 龍雀にかけて、疾走する姿を表しています。  馬の全重量が龍雀の背中にのせた一本の足を力点に集中していること は、力学的平衡原理を正確に計算されていることを物語っています。 中国遼寧省と日本国神奈川県との友好提携五周年を記念するため、ここに謹んで神奈川県民に寄贈いたします。 中国遼寧省人民政府 1988年9月13日」と彫られていた。道標で確かめ馬の銅像の横から尾根にがると、広場が現れる。
下の池の標識 馬超龍雀 道標 尾根へ
 尾根道にはドラエモンのトーテムポールも見受けられるが、池は全く見えない。下り出すと目の前に石の水溜りがある南門に着く。案内板で現在地を確認して西門を目指し、尾根道を辿って行く。途中ジャンボ滑り台の上を通過すると、まだ、孫が滑っていた。声を掛けると、私を探して手を振ってくれた。西門へは近道もあるようだが、大きくカーブを描いて登って行く。西門から市街地の出て、次の「二ツ池」を目指す。
トーテムポール 南門 案内板 西門
 二ツ池0.019ku(東の池0.01ku 西の池0.009ku)
 住宅地を縫いながら「二ツ池」を目指す。最初に東側の池に辿り着く。池の辺は藻で絵の具を流したようなグリーン色をしているが、釣禁止にもかかわらず、釣台があり釣をしていた。道路沿いのフェンス越しに池を見ながら進むと、西側の池になるが水深が浅いのか水草で覆われていた。池の回りを辿りながら、ゴルフの練習場を目指すと、角に「歴史と緑の散歩路」の道標があった。
東側の池 池のフェンス沿いを 西側の池 道標
 獅子ケ谷市民の森
 坂を登り切ると、平らになり農家の裏庭のような路地に入るが道標がない。畑で絵を書いていた若者に道を聞くとここだと言うので安心して入って行く。直ぐに分岐になり道の真ん中に「大六天」?と彫られた石柱が立っていて、道標もある。暫し、考えていると地元の人が現れ説明してくれる。最初に灰ケ久保広場へ下りて、また上がってこようと思って展望台を目指す。途中、茅葺屋根の横溝屋敷と思われる建物が見えだすと展望台だった。
入口 大六天? 横溝屋敷が 展望台
 展望台から道路に出ないでジグザグの鋸坂を下ってしまう。西谷広場に下り、西谷戸池の噴水を見ながらベンチに座っておにぎりを食べる。食べ終わって、案内板を見ていたら、地元の小学生が二人遊びに来たので、市民の森はここだけなのか聞くと、ここだけだと言う。灰ケ久保の方はあまり自然がないらしいので、下谷広場の方へ行くことにする。
鋸坂 西谷広場 西谷戸池 案内板
 歩き出すと、西谷広場の前に気になる石柱が見える。近づくと、せせらぎの小径で、石柱に蛍の絵が彫られていた。戻って、大六天通りを登り、寺上通りを下る。下りは竹林の中を辿り、下谷広場に出た。広場にはトイレと小さな池があった。
せせらぎの小径 竹林 下谷広場
 下神明社
 下谷広場から横溝屋敷に向かう途中で、草茫々の参道の奥に鳥居を見つけ寄ってみる。何処にも神社の名前はないが下神明社らしい。本殿の後ろには岩壁を刳り貫いた跡があり、その奥に踏み後が続いているので、辿ってみたら竹藪の中に道は消えていた。
 戻って、獅子ケ谷市民の森の看板横を辿り、横溝屋敷前の道路にでる。道端には小川アメニティの看板があり、先程の蛍が彫られた石柱から散策路が延びているようだった。
参道 下神明社 刳り貫いた跡 小川アメニティ
 横溝屋敷(詳細は山の逆路へ)
 横溝屋敷のハナショウブを見て、横溝屋敷の中を大急ぎで見て回る。最後に竹林を辿り、外に出る。
ハナショウブ 横溝屋敷 主屋 竹林
 最後に、獅子ケ谷市民の森を見て、横溝屋敷を後にする。途中、小川アメニティの入口があり、こちらはザリガニのマークたった。しかし、せせらぎの小径は草茫々で辿る気にはならなかった。
獅子ケ谷市民の森 横溝屋敷 ザリガニのマーク 小川アメニティ
 再び、三ツ池
 西門に近道しよと思ったら、私有地で進入禁止だった。仕方が無く、元来た道を辿り、西門近くの近道を下って見ると、キツネノテブクロが咲いていた。遊びの森の入口を見ていないので階段を上がって行くと遊びの森の入口の広場に出た。再び、下がって、次の路を上がって行くと、再び、遊びの森広場にでてしまう。
西門近道 キツネノテブクロ(大×) 遊びの森入口 遊びの森広場
 尾根道を辿って行くと、木立越しにローラー滑り台が見える。最後に、藪の道を辿ると、野球場の端にでる。後は、北門まで辿り、駐車場を迂回して一般道路に出て、再び、野球場の傍を辿って行くと、愛棒から電話が入り、南門の水の広場で遊んでいて、まだまだかかると言う。
 時間があるので、通り過ぎていたコリア庭園の中に入り見て回る。コリア庭園から、今度は、舗装された尾根道から上がり、無事、愛棒のご一行さんと合流する。
ローラー滑り台 北門入口 コリア庭園の狛犬 南門の水の広場(大×)
 遊び終えて、正門を目指すが、コリア庭園を見たいと言うことになり、再び、中に入る。別堂の前に、トゥホノリと言う、鏑矢のようなものがあり、円い筒に入れて遊ぶ。上の孫は一発で円筒の真ん中に入れるが、下の孫は泣き叫ぶだけだった。仕方が無く、近くで入れさせる。
 良く見ると、遊び方を書いた所を目掛け矢を投げた人がいるようで、破れた障子を補修していた。更に、良く見ると遊び方の円筒の絵を的と勘違いして投げた人もいるようだ。

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 二人の山行記録(遊びの時間含む)
 2009(H21)年6月1日(月) 曇り
 10:58正門(芝生広場)→反時計回り→11:27正門芝生広場→尾根へ上がる→11:48西門→11:57二ツ池→12:06道標→12:13獅子ケ谷最高地点(三叉路)入口→12:20展望台→鋸坂→12:22西谷広場(昼食)12:35→大六天通り→12:38三叉路→寺の上の通り→12:43下谷広場→12:48下神明社→12:59横溝屋敷13:07→13:35西門→時計回り尾根道→14:01コリア庭園14:11→尾根道→14:19南門14:24→湖畔→14:37コリア庭園14:49→14:53正門