本牧(honmoku)公園(標高4m)
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 ポイント
 首都高速湾岸線から見える気になる地層丸見えの崖が続く公園がある。この地層は上総層群と言われ、泥岩、砂岩、凝灰岩質砂岩などの層見える。赤い火山灰の上層部は関東ローム層といわれている。
案内板
 H.23.5.23  国土地理院の地形図  周辺地図
 公園の駐車場(200円)に駐車して、公園を散策すると、目の前に海岸段丘と思われる台地状の地形が現れる。サンドイッチの地層は丸見えで圧巻だ。赤い火山灰の関東ローム層は目立つ存在だった。
                     ←大
海岸段丘
 段丘の下には長い川のような池が広がっていて、黄色いカキツバタが咲き、親子のカモが泳いでいた。カモの親子にカメラを向けると、親カモが一人で逃げてしまい、子ガモはただオドオドしているだけだった。子ガモが可愛そうになり直ぐにその場を立ち去る。
 池は西側へ行くにしたがい広さを増し、中国風の建物が目に入ってくる。この建物は上海横浜友好園で、老朽化のため閉鎖されていた。世界第二位になった経済大国の中国らしくないと思いながら正門を通過する。すっかり冷え切ってしまった日中関係を象徴するかのようにバリゲートに鍵もかかっていて、解説板も設置されていない。それでも池に浮かぶ湖水上石灯龍や湖心亭を遠くから眺めると趣きがある。
カキツバタ カモの子(大×) 上海横浜友好園 湖心亭
 池の上に延びている木道を辿り、池の中央から湖心亭や蓮の花を眺め、更に、奥へと進むと三景園の門が開いていた。中に入ると、入場料を払わなければならないのと孫を待たせてあるので引き返す。再び、西端を目指し散歩をするが、池が無くなったので引き返す。やはり地層が目に付き見上げると、波打った地層もある。
湖心亭 蓮の花 三景園入り口 波打った地層
 駐車場の端辿り着くと、記念碑が鎮座していた。碑には由来書が彫られているので、所々擦れている碑文を見る。碑文によれば、石碑は昭和55年2月に建立されたようだ。昭和38年に本牧ふ頭工事前は、海だったようなことも刻まれていた。
 展示されている操車場やSLを見ながら、地層を振り返り公園を後にする。
記念碑 操車場 SL 地層を振り返る
   由  来
 本牧は 往昔小田原北条氏の所領であり 後に徳川幕府直轄の地
となり 武蔵国久良岐郡本牧村大字本牧郷と呼んだ。風光明媚
な漁村 緑濃い背後の丘陵地は 貢馬を育てた牧場であったと
伝えられる。
 浮世絵師廣重も この地に遊び 風景を描いた。
 波静かな海に 豊かな資源に恵まれた漁場を持った私達本牧漁業
協同組合員は 祖先より受継いだ土地と海に誇りをもって守り育
ててきた。
 昭和三十八年四月一日横浜市が施行する本牧ふ頭関連造成事業の
ため本組合は 市発展の大乘的見地に立って愛する海の埋立に同
意した。
 かっては この海で 泳ぎ魚貝を採り 海苔の香に親 しみ十二天
神の勇壮なるお馬流しの神事を行ったことも今は 思い出となる
嗚呼。 由緒と伝統あるこの海も 新しい土の下に永遠に眠る 往
事を偲び父祖の労苦に感謝の意を捧げ 子孫の繁栄を永劫に祈念
して この碑を建てる。
昭和五十五年二月吉日
  本牧漁業協同組合建之
      記念碑建設委員 13名の名前

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 二人の散歩路記録
 2011.5.23