1977年火山遺構公園(源太穴火口 標高179m)

 アクセス
 湖畔の道路沿いに目立たない道標がある。
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 公園の駐車場に辿り着くと、傾き壊れかけた建物が目に入って来る。
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三恵病院
 建物の前には解説板が4枚設置されていた。源太穴は1910(M43)年に噴火した火口のようだ。「三恵病院の避難では、入院患者230人が仲洞爺の仲洞爺小学校(廃校)目指して歩き、その間、車のピストン輸送で凌いだ」というから優れた判断だと感心する。三恵病院は現在、丸山の傍に引っ越しているようだ。
解説板
 源太穴火口に行けるかもしれないと、林道の入口に行くと、建物を横から見ることが出来る。鍵のかかっていないゲートを開けて中に入ると、沢沿いには砂防ダムが連なっていた。右側に一つ目の源泉が見えて来る。
建物遺構を横から 砂防ダム 一つ目の源泉
 林道を奥へと登って行くと、一番奥の源泉が見えて来る。源太穴火口方向には地図に無い砂防ダムが行く手を塞ぐ。乗り越える土手も激しい倒木の林で、ハイカーには酷だった。奥の源泉のパイプから温泉が流れでているので、どの程度に温度かと手を伸ばすと、カメラが無常に黄色い源泉に落ちてしまう。慌てて拾い手拭いで拭いて、SDHCと電池を取り出し、開放できる所は全て開ける。
 がっかりして、下って行くが、愛棒は携帯電話で撮りだした。黄色い源泉の泥や沢の中を覗きながら、下って行く。
奥の源泉 源太穴火口方向 黄色い源泉の泥 沢の中
 西側へ分岐する林道があったので辿って見ると源泉だった。四十三山の遊歩道からは源太穴火口の上に出られるようだが、ここからの道は無かった。駐車場の小高い所から洞爺湖が見えるかと期待するも、木立が邪魔で駄目だった。最後に、建物を眺めて終わる。
西側へ 西の源泉 小高い所から

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 二人の散歩路記録(遊びの時間含む)
 2017(H29)年4月16日 一周44 
 9:43駐車場→9:54奥の源泉10:07→10:15西の源泉→10:30駐車場